3
名前: プロローグ 投稿日: 2006/08/28(月) 22:28:42
川゚−゚) 「……報告は、以上です」
情感のない女の声を、弾ける水音が遮った。
鍾乳石から滴る地下水だ。
青に浸漬される洞窟内 ―― つめたく冴えた空気に兆すものがある。
むせかえるような獣の臭気である。
そまつな蝋燭の燃え立つ臭いが、洞穴の一部に充満しているのだった。
4
名前: プロローグ 投稿日: 2006/08/28(月) 22:29:07
?「…… なるほど。武王を狂わせた、大臣かよ…… どう思う」
女の述懐―― その余韻が消えた頃、次いだ響きが炎を揺らした。
川゚−゚) 「…… 常人なれば、あの包囲網を抜けれはしません。 高位の魔道士か、あるいは……」
? 「魔、と?」
川゚−゚) 「……はい」
5
名前: プロローグ 投稿日: 2006/08/28(月) 22:29:46
首肯に応えたのは長い溜息。
爪隠す猫の密やかさで、"影"が目を細めた。
仕草のひとつひとつが、奇妙に気配を感じさせぬ影だった。
顎を撫でる手は細い。その五指全てに指輪が嵌っている。
炎にてらりと濡れた銀は、互いの尾を噛む蛇の意匠を施されていた。
僅かに枯れた声は、低い。それが殷々と洞穴に響く。
常人のものではなかった。たとえて言うなら、魔に近い。
6
名前: プロローグ 投稿日: 2006/08/28(月) 22:30:13
? 「奴ばらめ、動き出したか」
川゚−゚) 「は……」
しばしの逡巡がクーをまさぐる。この女傑には珍しい煩悶であった。
赤い舌先が唇を湿らせる。秀麗な眉が微かに寄る。
川゚−゚) 「……、 そして、カンダタも ――」
7
名前: プロローグ 投稿日: 2006/08/28(月) 22:30:43
その語尾が、消えるか消えぬかのうち――
クーの肌が、ふつりと泡立った。
静寂が訪れた。空気が寒々しく凍えていた。
無機物が恐怖を感じる事があるか。
この瞬刻は、是であろう。
地下水の滴りすらも慄き、呼気をとめたかに見えた。
8
名前: プロローグ 投稿日: 2006/08/28(月) 22:31:11
―― 否。
クーは、ふ、と息を吐いた。吐いて、踵に力を込めた。
ばりばりと音がして、足裏が地から "外れ" た。
薄氷が、蜘蛛の巣にも似た網目を以って ―― 実際に洞内を覆っていたのだった。
霜裂くクーの動き。そこに影の笑みが被さる。
小さく、あえかな笑いだ。
9
名前: プロローグ 投稿日: 2006/08/28(月) 22:31:28
? 「…… 取り乱した。すまんな」
川゚−゚) 「…… いいえ」
? 「もう、ゆくかよ……」
川゚−゚) 「はい……」
クーの一礼は長かった。
青い闇に満たされた、お互いの感情を呻吟するように。
10
名前: プロローグ 投稿日: 2006/08/28(月) 22:31:49
影が、たっぷりと丸い、己の腹を撫でる。
慈しむような愛撫が、ふと止まり ――
? 「 ―― "あれ"は、まだ我らを縛るか ―― 」
瑣言である。
既に背を向け、歩き出していたクーに届いたかどうかは判らない。
女の歩みは乱れず、その背はすぐに洞穴の闇へと消えた。後には獣脂の臭気が漂うばかりである ――
11
名前: 名無しさん 投稿日: 2006/08/28(月) 22:33:00
draboon quest V ―― 砂海の預言者 ――
12
名前: 巻頭言 投稿日: 2006/08/28(月) 22:34:04
御目は異なる夜をご覧じ、
御耳は天降る歌を聴き、
御手は時の河より星を掬わん
―― イシス王の賛歌碑
13
名前: 第一章 再会 投稿日: 2006/08/28(月) 22:36:57
ロマリアの南 ――
歓楽の不夜都市アッサラームから、西へと三日、馬を走らせる。
すると、どうなるか。
世界が唐突に一変する。
水を失い、あばたを葺きだす大地。消え始める動植物。
むき出しの岩肌を赤く染め、傾斜を深める遠くの山々。
程なくして、巨岩が立ち並ぶ悪路が現れる。
それこそが、果て無き砂海の入り口であった。
.
14
名前: 名無しさん 投稿日: 2006/08/28(月) 22:37:32
砂漠の顔は二つある。
まず、灼熱と極寒が支配する不毛の砂地。これは悍婦と言うほかない。
旅人を意のままに沿わせ、従わねば死の接吻を賜るのだ。
馬は役に立たぬから、駱駝に乗り換えなければならない。
水袋はこれでもかと用意する。
顔布を用意し、通気の良い麻服に着替える。
鉄の鎧などは言語道断。灼熱の鉄板は、旅人の肉を焼くだろう。
そして、今日もまた ―― その悍婦に弄われた者が一人。
.
15
名前: 名無しさん 投稿日: 2006/08/28(月) 22:38:27
? 「――… ぷはッ!」
茜に波打つ砂海の上を、落ち行く太陽が滑る。
夕暮れである。
空に日輪が蕩ける。染み出した真紅が、砂岩を血塊にも似せる。
そして、湖は ――
? 「ふう――… たまんねえな、ゴルァ」
水面を割り、勢い良く飛び出したものに乱された。
少年だった。
遠慮の無い仕草で水を掻き分け、泳ぐ。
飛び散る飛沫は澄明だった。血と言うには、いささかさばけて毒が無い。
.
16
名前: 名無しさん 投稿日: 2006/08/28(月) 22:39:42
ここは死の砂漠に点在するオアシスの一つ。下生えとナツメヤシに覆われた、希少な緑地である。
少年の、大きな欠伸がのどかに響いた。
ざんばらの髪を乱暴に洗うと、犬猫がそうするように、身を振るわせて水滴を飛ばす。
? 「然し、ひでえとこだぜ。住んでる奴らがいるなんざ、信じられねえ」
少年の悪態も無理からぬ事だった。
風に煽られた粒子は、全てのものを侵食する。人間とて例外ではない。
鼻や耳に入り込んだ砂をこそぎ落とし、水際に置かれた剣へと手を伸ばす。
異音が走った。
ため息と共に鞘を逆さまにする。
風に払われていく砂礫を苦々しげに見やり、少年は漸く水から上がった。
.
17
名前: 名無しさん 投稿日: 2006/08/28(月) 22:40:16
ねっとりと燃える焚き火に、大蜥蜴が炙られていた。
表皮は既に炭化しているが、油が今だに滴り落ちている。
身に蓄えた脂が多いのだろう。
まず、炭化した部分をこそげ落とす。すると鶏に似た肉が現れる。
一片削いで口に放り込む。顎を押し戻す繊維質な感触と、多すぎる脂に辟易する。
だが、食えぬ程ではない。
咀嚼を繰り返しつつ、荷を広げようとした刹那 ――
前方の丘陵が、白濁する砂煙を撒き上げた。
◇
18
名前: 名無しさん 投稿日: 2006/08/28(月) 22:40:45
「―――、、 ……!!」
「……!! …、 ……!!」
怒号であった。
異国の言葉が、痛烈な響きを以って、仰臥した彼の耳を殴打する。
細かな意味など知らぬ。だが、罵倒や雑言であることは分かる。
? 「あわわ、あわわわだお……!もういやだお……!!」
彼は、泣いた。
後ろ手に縛られ、幌車の後ろに転がされ、体中が痛みを訴えている。
.
19
名前: 名無しさん 投稿日: 2006/08/28(月) 22:41:15
? 「どうして僕だけこんな目にあうんだお!!うおおおおおん!!」
彼は、むせび泣いた。それと同時であった。
大きく幌車がバウンドした。
浮遊感。
ほころびかけた紐は、その重みに耐え切れなかった。
? 「―――… ッあおおおおおおおおおおおおおおん!!」
長い悲鳴が、偉大なる砂の海に残響する ――
◇
20
名前: 名無しさん 投稿日: 2006/08/28(月) 22:42:04
? 「―― んだ、ゴルァッ!!」
少年を叫ばせたのは、驚きだ。
月明かりに浮かぶ抗争 ――
幌者を繰る御者と、その護衛に襲いかかる騎兵。
? (…… 賊、か!?チッ――… こっちに気づくなよ、面倒はごめんだぜ!)
だが、その希望はあえなく砕かれる。
暮れ終えた空、広大な砂海。赤と燃える焚き火を隠す物は、何もなかった。
.
21
名前: 名無しさん 投稿日: 2006/08/28(月) 22:42:23
? 「――… うおッ!!」
音もなく飛来した矢が、炎を射よと降り注いだのである。
頬を削った一本がヤシの幹をずぶりと冒した。
理性が、煮沸する。
激昂が瞬く間に少年の隅々までを覆った。
下穿きに一つに剣を携え、盾のみを引き掴み、駱駝の腹を蹴る。
焚き火の照らす範囲から逃れ、闇にまぎれて砂を翔る。
? 「仕掛けてきたのはそっちだぜ……ゴルァ!」
その直後。
幌車が進路を変えようとして、大きく後輪をバウンドさせた。
◇
22
名前: 名無しさん 投稿日: 2006/08/28(月) 22:43:21
? 「あ、あうあう・・・・・・・・・・・・」
死んだ。完全に死んだ。童貞のまま、一生を終えた。
ああせめて、死ぬ前にもう一度、巨乳の剣士に会いたかった……
そう、彼は思った。
が ――
? 「あ、あれ?痛くないお……」
砂に埋もれた上半身を起こす。
その目が捕らえたのは、額をぱっくりと割られた男の顔。
? 「ヒ、ヒィィッ!!」
絶叫。
恐怖。
そして、既視感。
前にもこんな事があった。確かにあった。
あの時はどうなったか。そう、すぐに ――
.
23
名前: 名無しさん 投稿日: 2006/08/28(月) 22:44:02
? 「しっかりしろ!」
助けが、
? 「お前、ここらの ――」
―― 来たのだった。
? 「―― 人間か?」
顔を上げる。
月を背にするシルエットが見える。
水滴る黒髪。
釣り気味の目。意思的な眉。
しなやかに強靭で、たくましい ――
(;゜ω゜) 「ギ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
(;゜ω゜) 「ギコ!!!!!!!!」
◇
24
名前: 名無しさん 投稿日: 2006/08/28(月) 22:44:34
舌が強張って、息が出来ない。
目の前の現実に、一瞬理解が追いつかない事がある。
ある筈の物がない。または、逆も然り。
幌車から投げ出された人影は、生きていた。
柔らかな砂地が幸いしたのだろう。
少年が驚いたのは、だが ―― その事ではない。
( ;゚Д゚) 「ブーン!?お前ッ、 なんでここにッ……!」
無い筈の物があった事。
いる筈のない人間が、いる事 ――
少年…ギコ、そしてブーンは、顔を突き合わせたまま、凍りついた。
.
25
名前: 名無しさん 投稿日: 2006/08/28(月) 22:45:59
( ^ω^) 「ギ、ギコッ!後ろだお!!」
沈黙を破ったのはブーンの叫び。
ギコは、振り向かなかった。
剣気が走るやいなや左へと跳ぶ。
飛び込んできた男へ、
一撃。
勢い良く振り抜いた柄尻が、その喉笛に埋まっていた。
倒れ付す男には目もくれぬ。
ブーンを戒める縄を一息で切り裂くと、当惑を浮かべて黙り込む。
沈黙は僅かであった。
.
26
名前: 名無しさん 投稿日: 2006/08/28(月) 22:46:15
( ゚Д゚) 「チィッ!! おしゃべりは、後だ!!」
幌の影から、今一人が跳躍した。
噛み合わぬ剣が火花を散らす。
砂漠の剣は婉曲していて、つばぜり合いが出来ないのだ。
( ゚Д゚) 「ッたくテメエは―― 疫病神かよッ!!」
( ^ω^) 「ギコはやっぱり、僕のひみつ道具だお!!」
同時に叫ばれた言葉は真逆。
アリアハンの少年達は、今 ―― この砂海で、再会を果たしたのだった。
◇
27
名前: 名無しさん 投稿日: 2006/08/28(月) 22:46:55
決着はあえなく付いた。
突然の乱入者に足並みを乱したのは、幌車側の者達。
(;-@∀@) 「――…!! ……!!」
(; ´m` ) 「……! ――…!!」
( ゚Д゚) 「・・・・・・・・・・・」
( ;゚Д゚) 「何言ってるか、全然わかんねえなゴルァ」
(#^ω^) 「放置でいいお!こいつら、何もしてない僕を、いきなり捕まえたんだお!!」
( ゚Д゚) 「……あぁ?そりゃ、お前……」
? 「奴隷商、だろうな」
掛けられた声に、ギコは目を見開いた。
一際見事な体躯を持つ男が此方に向かってくる。
.
28
名前: 名無しさん 投稿日: 2006/08/28(月) 22:47:24
( ゚Д゚) 「……あんた、共通語、喋れんのか」
? 「ちょっとした縁があってな。助かったぞ、少年」
( ^ω^) 「ところで、奴隷商、ってなんだお?」
訝しげに問いかけるブーン。赤く摺れた手首に息を吹き掛け、ギコの後ろから御者達を睨み付ける。
? 「知らんのか?文字の通りだ。まつろわぬ民の村だとか、旅人を襲って、奴隷として売りさばくのさ」
( ^ω^) 「……じ、冗談はよしてくれお!!人間を売り買いだなんて……」
? 「おいおい…… まさか知らないで、この砂漠に来たのか?」
ハッ
そう思ってると
突然その男は僕の見ている目の前で
フードの紐を
はずしはじめたのだ・・・!
.
29
名前: 名無しさん 投稿日: 2006/08/28(月) 22:47:42
〃 i, ,. -‐
r' ィ=ゝー-、-、、r=‐ヮォ.〈 /
! :l ,リ|} |. } / .と そ
. {. | ′ | } l ん い
レ-、{∠ニ'==ァ 、==ニゞ< | だ つ
!∩|.}. '"旬゙` ./''旬 ` f^| | 野 は
l(( ゙′` ̄'" f::` ̄ |l.| | 郎
. ヽ.ヽ {:. lリ | だ
. }.iーi ^ r' ,' ノ な
!| ヽ. ー===- / ⌒ヽ |
. /} \ ー‐ ,イ l |
__/ ‖ . ヽ、_!__/:::|\ ヽ
( ^ω^) ゚Д゚) 「ウホッ……!」
いい男、であった。
.
30
名前: 名無しさん 投稿日: 2006/08/28(月) 22:48:12
| "゚'` {"゚`l 「俺はアべ。 捕らえられた村の者を追っていた」
男は、幌の中から助け出されてゆく、女子供を示す。
| "゚'` {"゚`l 「ほら、お前も礼を言いなさい」
マントの裾が翻った。
たっぷりとした布に隠れていたのだろう。そこには、小さな娘がいた。
(* ・ー・) 「……」
.
31
名前: 名無しさん 投稿日: 2006/08/28(月) 22:48:27
ブーン達を上目づかいに見上げた後、
(* ・ー・*) 「……、、」
頬を染めて、アベの後ろに隠れてしまう。
( ゚Д゚) 「……プッ」
思わず、ギコは笑った。なんとも微笑ましい光景だった。
下穿き一つの自分だが、男達の服装もそう変わらない。砂の民は肌が強いのだ。
危なかったなとブーンを見やり ――
.
32
名前: 名無しさん 投稿日: 2006/08/28(月) 22:48:41
、 ヽ
|ヽ ト、 ト、 ト、 、.`、
/|l. l. | |l l | | l |l.| |l. l
/' j/ ノ|ル'/レ〃j/l |
-‐7" ヾー---┐|_.j
 ̄ ./゙ニ,ニF、'' l _ヽ
:: ,.,. |ヽ 」9L.` K }.|
l' """ l ) /
h、,.ヘ. レ'/
レ′
r.二二.) /
≡≡ ,イ
. / !
\ / ├、
::::::` ̄´ / !ハ.
.
33
名前: 名無しさん 投稿日: 2006/08/28(月) 22:49:09
( #゚Д゚) 「お前、何オッ立ててんだよ!!」
( ^ω^) 「違うお!!違うお!!なんだか未知の華やぎが、唐突に湧き起こった結果だお!!」
( #゚Д゚) 「どう考えても煩悩だろゴルァァァッ!!」
| "゚'` {"゚`l 「………クッ」
(* ・ー・) 「……… 、、」
盛大に起こった笑い声が、二人の諍いを止めた。
( ;゚Д゚) 「お、おい、変態だぞ!! いいのかそれで!!」
( ^ω^) 「うはwwww笑った顔もテラカワイスwwwwwwwww」
ギコの困惑も空しく、二人に聊かの嫌悪も見られない。
性について、大らかな部族なのかもしれなかった。
.
34
名前: 名無しさん 投稿日: 2006/08/28(月) 22:49:31
| "゚'` {"゚`l 「ところで、先ほどの助力に礼をしたい。我らの村に、」
| "゚'` {"゚`l 「よらないか」
( ゚Д゚) 「いや……」
何故か一呼吸おいたアベに、ギコは首を振った。
( ゚Д゚) 「俺はイシスに用があるんだ。それ程大した事もしてねえし、気持ちだけで十分だゴルァ」
( ^ω^) 「ええええ、どうしてだお!!お礼を断るのは良くないお!!」
( ゚Д゚) 「……急ぎの旅なんだよ。すまねえが……」
.
35
名前: 名無しさん 投稿日: 2006/08/28(月) 22:49:51
| "゚'` {"゚`l 「……女王に会いたいのなら、無駄だぞ」
.
36
名前: 名無しさん 投稿日: 2006/08/28(月) 22:50:36
( ゚Д゚) 「……!!」
驚悸が、ギコの体を打った。
固まるギコと、幼女を抱き上げたアベを、交互に見るブーン。
| "゚'` {"゚`l 「まあ……付いて来い。お前の望む話、聞かせてやれるかもしれん」
太陽はすっかりと身を潜め、砂海に夜が降る。
雲一つ無い空に、赤々とした星が煌いていた ――
(第一章 了)
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