8章「わたしたちの、ずれ。」
30 名前: 通訳(千葉県)[] 投稿日:2007/03/14(水) 08:53:38.61 ID:2upv1QT80
- 私は自分の背に風を感じていた。
多分自分の背中に向かって風なんか吹いてなかったに違いない。
でもそうやって思えるくらいにいろいろなことがうまく進んでいた。
ツンちゃんの顔には笑顔が見えるようになってきたし、この前映画も観に行った。
買い物にもいった。未だ「お姉ちゃん」とは呼んでくれないけれど、それは時間の問題だと思った。
そういうときほど足元をすくわれないよう「かって兜の緒を締め」なくてはいけないはずだった。
調子のいいときは大抵どこかに落とし穴が待ち構えている。もしくはバイオリズムの低下によって
不幸が訪れたりすることだってある。
人間は、幸せの絶頂にあるときほどそういう考えを持つことが難しい。
あとで振り返れば、防ぐ手段や、その前兆はいくらでも見て取れたはずだ。なのに。
私たちは落とし穴に落ちたことすら気づかなかった。そして、気づいたときにはもう遅かった。
第8章「わたしたちの、ずれ。」
31 名前: 通訳(千葉県)[] 投稿日:2007/03/14(水) 08:54:48.09 ID:2upv1QT80
- 発端は一本の電話からだった。
その日は静かだった。私とツンちゃんはリビングでテレビをみてカラカラ笑っていて、
仕事が休みだったお母さんがキッチンで洗い物をしている。なんでもない一日になるはずだった。
鳴り響くコール音に私が立ち上がろうとすると、お母さんがそれを制した。
パタパタとスリッパを鳴らす音が遠ざかっていく。
J( 'ー`)し 「もしもし」
かすかにお母さんが電話に応対する声が聞こえる。
普段なら、友達だとしたらそのまま雑談に移行するか、セールスだったら断って
切ってしまうはずなのに、今日は違っていた。
いつもと違うお母さんの応対に、なんとなく私は落ち着かずにテレビを見ていた。
何か重要な電話なのだろうか・・・
32 名前: 通訳(千葉県)[] 投稿日:2007/03/14(水) 08:57:07.29 ID:2upv1QT80
- J( 'ー`)し 「わかりました。少々お待ちください」
パタパタとスリッパの音がこちらに近づく。
ひょいとリビングに顔だけ出したお母さんは、なんとなく元気がなかった。
J( 'ー`)し 「ツンちゃん、お電話」
心なしか声のトーンも低い。いったい何があったんだろう。
それに、ツンちゃんに用事のある相手?私の六感がなぜか今日に限って
敏感に反応している。
ξ゚听)ξ 「私に・・・ですか」
J( 'ー`)し 「ええ。あなたの親戚を名乗る方から」
33 名前: 通訳(千葉県)[] 投稿日:2007/03/14(水) 08:58:46.02 ID:2upv1QT80
- 不穏な空気が流れた。それを感じ取ったのか、お母さんはツンちゃんに申し出た。
私でもきっとこういったはずだ。
J( 'ー`)し 「嫌なら切ってもいいのよ」
ξ゚听)ξ 「いえ、出ます」
ツンちゃんはお母さんのほうへ歩み寄った。
私は思わず手を伸ばして、彼女のパジャマの袖をつかんでしまった。
川 ゚ -゚) 「あ・・・」
ξ゚听)ξ 「大丈夫です。大丈夫」
彼女は微笑んだ。その瞳には決意の色が浮かんでいた。
私は不安ながらも、袖を離した。
このまま彼女が遠くに行ってしまうんじゃないかって、そんな気がしていた。
35 名前: 通訳(千葉県)[] 投稿日:2007/03/14(水) 09:00:30.44 ID:2upv1QT80
- 電話が終わり、ツンちゃんは疲れの色を見せながら私たちに話しをしてくれた。
本当はお父さんがいたほうがいいんだけど、気になって仕方がなかった私は
ツンちゃんに話をせがんだ。
電話の主はツンちゃんのお父さんの兄に当たる人で、ツンちゃんを置いてどこかへ
消えてしまった人だった。
今頃になって電話をかけてきたのは、自分が消えてしまったのには理由があって
その理由が片付いた今、血の繋がった自分がツンちゃんを引き取りたいという申し出を
するためだったようだ。
お父さんがいなかったために決断を下すことは出来なかったが、
ツンちゃんの元気な声を聞きたいということで代わって欲しいとお母さんに願い出たそうだ。
ξ゚听)ξ 「というわけなんです」
川 ゚ -゚) 「・・・」
37 名前: 通訳(千葉県)[] 投稿日:2007/03/14(水) 09:03:05.61 ID:2upv1QT80
- 私はなんと言っていいかわからなかった。彼女にはもちろん、
この家にずっといて欲しい。
だけど、おじさんの言い分ももっともだと思う。
まったくの他人よりは恩恵を受けられると思うし、それが彼女のためになるのなら私は・・・
あまり悩むことがない私でも、今回ばかりはあっさりと答えを口にすることは出来なかった。
ξ゚听)ξ 「伯父さんは・・・私を引き取りたいといってくれました。私と離れ離れになったのにも
ちゃんと理由があって、急を要する事柄だったし説明する時間がなかったので、
その説明を他の親戚の人たちに任せたそうなんです。
でも親戚たちはその義務を果たさなかった。
何も伝えられないままに一人になってしまって、私は伯父さんを憎みました。
見捨てられたと思ったからです。
でも伯父さんはそれまでずっと私の面倒を見てくれていました。私の親は自分だとも
言ってくれました」
ツンちゃんの心は揺れている。
それが手に取るようにわかった。声が震えているし、視線も定まっていない。
どんな理由があったにせよ、伯父さんは彼女にとって恩人だ。
一度裏切られたと思ったのに、伯父さんはまた手を差し伸べてくれた。
38 名前: 通訳(千葉県)[] 投稿日:2007/03/14(水) 09:05:09.43 ID:2upv1QT80
- ξ゚听)ξ 「小さい頃から伯父さんはお父さんのような人でした。
本当のお父さんのような・・・優しくて・・・おんぶしてもらったときの大きな背中は、
今でも覚えてます。そういう存在の人でした」
もう、私はあまりツンちゃんの話を聞きたくはなかった。
せがんだのに都合のいい話だ。時折みせるツンちゃんの安心したような表情は、
私との間では見せてくれないものだ。
・・・いっちょ前にヤキモチを妬いているようだ。こんな気持ちを抱いたのは、
ひょっとしたら初めてかもしれない。
私の意思に反して、ツンちゃんの話は続く。
もうやめてと叫んで、飛び出したい気持ちでいっぱいだった。
どうしてうまくいっていたのに、横やりを入れるようなことをするんだろうか。
神様は私たちをこのままきょうだいにはしてくれないのだろうか。
いっそその伯父さんが憎めるくらいにいやな存在だったらどれだけ救われただろう。
話を聞けば聞くほど、聖人君子のようなおじさんの姿が浮かび上がる。
そんなおじさんと、こんなことに嫉妬している情けない自分を比べてしまう。
もう私は我慢の限界だった。乱暴にイスから立ち上がり、ツンちゃんに言った。
39 名前: 通訳(千葉県)[]
投稿日:2007/03/14(水) 09:07:18.80 ID:2upv1QT80
- クー「ツンちゃん、もういい」
ξ゚听)ξ「え?でも・・・」
川 ゚ -゚) 「もういいって、言ってるんだ」
J( 'ー`)し 「クー、ちょっと・・・」
川 ゚ -゚) 「おじさんのところに行きたいならいけばいい。そんな顔して・・・っ」
ツンちゃんの目が大きく見開かれた。その表情は驚きの色が隠せていない。
余計なことを言ってしまった・・・私はその場にいることが出来ずに、
たまらなくなって部屋まで駆けていった。
何度となく昇っている階段なのに、今日だけは急で、辛いものに感じられた。
部屋に入って、私はベッドに飛び込んだ。
自分のしてしまったことが恥ずかしくて、もう顔も上げたくない。
冷たい手で心臓を一掴みされたような気持ちだ。ドキドキと鼓動を打っているが、
それは心地のいいものじゃあなかった。掻き毟りたい衝動に駆られる。
川 ゚ -゚) 「最低だな、私は」
40 名前: 通訳(千葉県)[] 投稿日:2007/03/14(水) 09:08:26.45
ID:2upv1QT80
- 次の日も、その次の日も私はツンちゃんと顔をあわせることはなかった。
・・・いや、正しく言えば、顔をあわせることを拒否していた。
自分がツンちゃんにされて心が痛んだことを、今度は彼女に仕返している。
こんなことするつもりじゃなかったのに。自己嫌悪の嵐。
謝ればいいんだけど、ツンちゃんの天邪鬼がうつっちゃったのか、どうもそういう気分にはなれなかった。
嫉妬ってのは嫌だなぁ。でも、やっぱり悔しい。
鬱々とした気分はなかなか晴れなくて、今日みたいに天気のいい空が憎らしい。
いくらなんでもこれは眩しすぎるだろ、常識的に考えて・・・
学校では勉強に身が入らず、定期券を家に忘れる始末。
すべてがうまくかみ合わなくて、くたくたになって家に帰ってきたのだった。
41 名前: 通訳(千葉県)[] 投稿日:2007/03/14(水) 09:09:59.16
ID:2upv1QT80
- 二階に上がると、ツンちゃんが所在なげに廊下をうろうろしていた。
私の姿が視界に入ったようで、彼女は少し嬉しそうにこちらへやってきた。
ξ゚听)ξ「おかえりなさい」
川 ゚ -゚) 「ただいま」
ξ゚听)ξ「あの・・・ちょっとお話があるんですけど」
川 ゚ -゚) 「なに?今日はちょっと・・・疲れてるんだけど」
ξ;゚听)ξ「え・・・?そ、そうですか」
私の言葉が明確に「拒否」の色を浮かべたのを、彼女は敏感に捉えたようだ。
しかし彼女は引き下がらなかった。いつか見たあの「決意」を、私はまた彼女の中に見出した。
いつの間に彼女はこんなに強くなったんだろうか。
42 名前: 通訳(千葉県)[] 投稿日:2007/03/14(水) 09:12:29.40
ID:2upv1QT80
- ξ゚听)ξ 「私、何か悪いことをしたでしょうか。もし気に障るような事をしたなら謝ります。
でも私にはクーさんが怒るようなことをした覚えがないんです。
だからはっきりいってください。突然私のことを無視したりするのは卑怯だと思います」
川 ゚ -゚) 「ツンちゃんは悪くないんだ。全部私が悪い。だから今は・・・放っておいてくれないか。
まだ自分の気持ちに整理がつかないっていうのも、ある」
ξ゚听)ξ「でも、私たちは・・・」
川 ゚ -゚) 「いいから、もうほっといてくれ!!」
思わず語気を強めて、私は驚いているツンちゃんの脇をすり抜けて部屋へと無理やり入った。
こんな風に、誰かを嫉妬したり行き場のない思いが中で暴れまわるなんて事、初めてだ。
私にはどうしていいかわからない。
でも、対処法は知らなくても原因はわかってるんだ。
私以外に親しい人をあまり作って欲しくないという、エゴ。独占欲。醜いものだと自分でも思う。
けどこればかりは抑えようがない。
耳の中で自分の大きな声の残響がこびりついていた。不快でたまらなかったので、私は音楽をかけた。
それでも、しばらくは耳の中にしつこくそれは残り続けた。
43 名前: 通訳(千葉県)[] 投稿日:2007/03/14(水) 09:14:48.24
ID:2upv1QT80
- 私は次の休みを利用して、ツンちゃんのおじさんに会うことにした。
連絡先は母が知っていた。自分勝手な行動かもしれないけど、一度会っておきたかったのだ。
ツンちゃんがどっちに転がろうとも・・・
おじさんは普通の、どこにでもいる「おじさん」だった。
でも昔スポーツをやっていたのか体つきはがっしりとしていて、頼りがいのありそうなタイプ。
私のこの細い腕とは対照的な、私二人分くらいならぶら下がれそうなたくましい腕。
ツンちゃんがいうように、背中も広々と大きい。
物腰も柔らかいときて、こりゃあどうにも勝ち目はないと思ってしまった。
('A`) 「どうも、私の手違いがあってツンがそちらのお世話になってしまっているようで
・・・大変申し訳ない」
川 ゚ -゚) 「いえ、構いません。ツンちゃんは家族ですから」
でも私はツンちゃんを渡す気はなかった。
手違いだって?彼女はそれでとても傷ついたというのに。
私は彼に対して敵意をむき出して迫った。
彼はそれに気づいているものの、すべてを受け止めようと考えているようだった。
私はなおさらそれが憎らしく感じてしまったのだった。
44 名前: 通訳(千葉県)[] 投稿日:2007/03/14(水) 09:16:28.80
ID:2upv1QT80
- 川 ゚ -゚) 「理由を、お聞かせ願えますか。何で今更になってツンちゃんを取り戻そうとしているのか」
('A`) 「・・・ただ私はツンのことが気がかりなだけです。
もちろんそちらの家のことが不安だからなどとは微塵も思っていません。
しかし彼女は昔からデリケートな子で、ちょっとしたことでもすぐにふさぎこんでしまう。
そういう理由もあるし、私は彼女に一番近い親戚です。その私が面倒を見るのが
一番妥当なのではないかと、そう思うからです」
いちいち正論だ。確かに彼女を知っている人間が彼女の面倒をみるのがきっと一番なのだろう。
でも、私たちの今まではどうなるのか。頑張って一ミリでも彼女との隙間を埋めようと努力したのに、
それは無駄になってしまうのだろうか。
おじさんに引き取られたあとも、望めば会えるのだろう。
でも、それじゃあ嫌だ。いつも一緒にいたい。
ああ、神様、どうか、このおぞましいエゴから私を解放してください。
45 名前: 通訳(千葉県)[] 投稿日:2007/03/14(水) 09:17:55.62
ID:2upv1QT80
- 話は平行線のまま、おじさんが歩み寄る姿勢を見せても私はそれを良しとせずに、
時間だけが過ぎていった。
空虚だ。この話し合いには意味がない。
私はおじさんを責めるためにここに来たわけじゃないのに。
そのうちタイムアップがやってきた。
私の中の澱みは深さを増すばかりだった。
それに私がどう動いたって結局決めるのはツンちゃんで、そのツンちゃんとの仲も最近は
うまくいっていない。
その原因は私にあるんだけれど。
せっかくの休みを私は無為に過ごした。とぼとぼと、一人帰路についたのだった。
昼ごろ始まった話し合いが長引いたせいで、もう日は暮れ始めていた。
47 名前: 通訳(千葉県)[]
投稿日:2007/03/14(水) 09:19:08.44 ID:2upv1QT80
- その夜、ツンちゃんは神妙な面持ちで私たち家族を集めた。
もうこの頃はお父さんもツンちゃんの親戚が連れ戻したいといっているのを知っていた。
やかましくテレビが鳴っているのを、お母さんは切る。
今日は話がある。その彼女の一言から「家族会議」は始まった。
ξ゚听)ξ「私、おじさんのところへ戻ろうと思うんです」
私の世界に知らず知らずの間、大きな大きなひびが入っていたことをこのときはっきりと感じた。
そしてそれはゆっくりとずれていって、取り返しのつかない状態にまでなっていたことを知ったのだった。
第8章 〜終〜
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