9章「わたしたちの、きずな」

93 名前: 造園業(千葉県)[] 投稿日:2007/03/15(木) 00:58:15.74 ID:w0HPNDE+0






川 ゚ -゚) 「ねぇ、ツンちゃん」




 


94 名前: 造園業(千葉県)[] 投稿日:2007/03/15(木) 00:58:55.60 ID:w0HPNDE+0

彼女の部屋をノックしても、返事はない。
私はここで愕然としてしまった。そうだ、彼女はもうこの家にはいないんだった。


あの家族会議のあと、ツンちゃんはおじさんの家に帰ってしまった。
私は彼女を止められなかった。いや、きっと止められなかったんじゃなくて、
止める資格を最初から持ってなかったんだ。

彼女の部屋のドアノブを握ったまま、私は廊下で立ち尽くした。
金属の冷たさが手のひら全体に伝わる。


寂しい冷たさだった。
 


95 名前: 造園業(千葉県)[] 投稿日:2007/03/15(木) 00:59:56.06 ID:w0HPNDE+0

また、気の抜けた炭酸ような日常が始まった。

ワクワクするような胸の鼓動もなければ、鬱々と何かに悩むこともない。フラットな日々。


そして、つまらない平坦な日々。


季節は秋から冬に変わっていた。
木々の葉も落ち始め、道行く人たちの服装もコートやジャケットなどの
厚手のものに移りつつある。

かくいう私もたんすからカーディガンを引っ張り出し、マフラーを巻いて学校に通っていた。


(*゚ー゚) 「おはよう、クー」

川 ゚ -゚) 「おはよう」

 


96 名前: 造園業(千葉県)[] 投稿日:2007/03/15(木) 01:00:47.98 ID:w0HPNDE+0

吐く息が白い。今日は一段と冷え込んでいて、しぃの頬は寒さで朱を帯びている。
天気はいいのに気温は凍えるようだ。本格的な冬の到来を感じさせる一日だった。

私は本格的に受験への準備を進めていた。
第一志望の大学の偏差値にはまだ開きがあるが、埋められない差ではない。
気持ちを入れ替えて頑張ろうと思ったし、何事もない日々が私を勉強へと自然にいざなってくれた。


ひとりでドーナッツを食べてもおいしくない。

ひとりでテレビを見ても面白くない。


とすればすることは一つ。部屋に引きこもって勉強だ。
その成果もあってか、全国模試の結果は上々だった。
 


97 名前: 造園業(千葉県)[] 投稿日:2007/03/15(木) 01:01:47.32 ID:w0HPNDE+0

(*゚ー゚) 「あー、そうだ、あとでクーに聞きたいことがあったんだ。放課後さ、
     図書室行くでしょ?」

川 ゚ -゚) 「ああ。私が教えてあげられることならなんでも教えてやる」

(*゚ー゚) 「何言ってるのよ。クーがわからないようなこと、私が勉強するはず
     ないでしょ。クーは自分のことをあんまり知らないのね」


私は私自身を知らない・・・


しぃはそのつもりでいったんじゃないだろうが、堪える言葉だった。

そのとおりだ。私は私のことを知らなさすぎる。
この心の隙間は、私がどれだけ彼女に依存をしていたのかがよくわかった。
お姉さんだから頼りにして欲しいとずっと思っていたけれど、頼りにしていたのは私のほうだ。

こんな私だったら、「お姉ちゃん」なんて呼べるはずがない。
図らずとも分かってしまったその理由。
胸のうちがひんやりと冷えていくのを感じた。

これはきっと、寒さのせいじゃないはずだ。
 


98 名前: 造園業(千葉県)[] 投稿日:2007/03/15(木) 01:03:11.81 ID:w0HPNDE+0

放課後、私はしぃと図書室で約束どおり勉強会を始めた。
しかし、今日はなぜだか頭に入ってこない。疲れてるんだろうか。

ため息交じりに勉強をする私をみかねて、しぃは「ミスドでも行こうか」と私に持ちかけてくれた。

ミスドについてドーナッツをぱくつきながら、私たちはあれやこれやと議論を交わした。
場所の変更は私の気分をリフレッシュしてくれたようだ。

ただの雑談に戻る頃には、テーブルに来たときに湯気が立ち上っていたコーヒーがすっかり冷めてしまっていた。
 


99 名前: 造園業(千葉県)[] 投稿日:2007/03/15(木) 01:04:02.65 ID:w0HPNDE+0

(*゚ー゚) 「ねぇ、クー、まだいろいろ考えちゃってるの?」

川 ゚ -゚) 「いや、そんなことはないよ。だってもう、考える必要はないんだから。
     今私が考えなきゃいけないことは、この方程式についてだ」

(*゚ー゚) 「はぐらかさないで。あなたが忘れるために勉強に打ち込むのは
     悪いことじゃないと思ったけど、ときどきまだ遠くを見てる。

     その目を見るたび、私は胸が苦しくなるの。また考えてる、って。
     ま、でも考えるなっていっても無理な話ね。大切な人だもんね」

川 ゚ -゚) 「・・・すまないな」

(*゚ー゚) 「いいのよ。あなたと一緒にいると大変だわ。こっちがやきもきしちゃうもの
     ・・・鈍感なところとかね」

川 ゚ -゚) 「鈍感?私が?」

(*゚ー゚) 「こっちの話よ」
 


100 名前: 造園業(千葉県)[] 投稿日:2007/03/15(木) 01:05:58.12 ID:w0HPNDE+0

いつもこうして私のくぐもった思考を晴れさせてくれるのは、彼女の役目だった。
皆に誇れる、私の無二の親友だ。


川 ゚ -゚) 「ありがとう」


彼女は答えず、少しうつむきながら微笑んで、首を軽く横に振るだけだった。
 


101 名前: 造園業(千葉県)[] 投稿日:2007/03/15(木) 01:06:35.34 ID:w0HPNDE+0

ミスドを出てしぃと別れ、私は電車に乗り込んだ。
窓から夕日の光がチカチカと私の目に入って、視界がぼんやりとしている。

視界がぼんやりしているのは、夕日のせいだけじゃない。私の目から涙が出ているせいだ。





逢いたい。逢いたいなぁ。


102 名前: 造園業(千葉県)[] 投稿日:2007/03/15(木) 01:07:44.88 ID:w0HPNDE+0

私はまっすぐ家に帰るのがどうもイヤで、最寄り駅の一つ手前の駅で降りてしまった。

毎日通ってはいるが、降りたことのない駅だった。
景色が新鮮だと、空気まで新鮮なように思えるから不思議だ。

駅のトイレで鏡を見ると、見事私の目は腫れていた。
しばらく腫れが引くまでこの辺をうろうろしていよう。そう思った。


大きな交差点の向かいにコンビニを見つけた私は、そこへ向かおうと歩き出した。
信号待ちをしている最中、横断歩道の向かいに見覚えのある人影が立っていた。
 


103 名前: 造園業(千葉県)[] 投稿日:2007/03/15(木) 01:08:26.89 ID:w0HPNDE+0

くるっとした巻き毛が特徴的な、仏頂面の女の子。
でも本当は、笑うととてもかわいい私の・・・妹。




川 ゚ -゚) 「ツンちゃん!!」




真向かいにいるツンちゃんにむかって、私は大声で叫び、手を振った。
周りの人たちがちらちらこちらを見ているが気にしない。

今は、こうして逢えた事だけが私のすべてだった。
 


105 名前: 造園業(千葉県)[] 投稿日:2007/03/15(木) 01:09:05.02 ID:w0HPNDE+0
 

ξ゚听)ξ「なんでまたこんなところに」

川 ゚ -゚) 「たまたま降りた駅がここだったんだ。まさかこんなところで
     逢うなんて」

ξ゚听)ξ「私もビックリしました。だって、向こうから凄い顔した女の人が
      私に手を振ってるんですもん」


ツンちゃんは隣駅からバスで10分ほどの場所にある学校へと通っていた。
私はそれをまったく知らなかったのだ。今思えば間抜けな話である・・・



106 名前: 造園業(千葉県)[] 投稿日:2007/03/15(木) 01:10:10.62 ID:w0HPNDE+0

公園のベンチで、私たちは久々の再会を喜んでいた。

なんだ、こんな簡単なことだったじゃないか。何で意地を張る必要があったんだろう。
あのとき私が彼女を止めていれば、もしかしたらこんな風にはなっていなかったかもしれない。


鼻の頭を赤くして、買ってあげたコーンスープをすするツンちゃんを見て
私はたまらなく悔しくなった。

そんな気持ちを隠すように、私は努めて冷静に話を進めた。
これが私に出来る最後の意地っ張りだ。
 


107 名前: 造園業(千葉県)[] 投稿日:2007/03/15(木) 01:11:34.26 ID:w0HPNDE+0

川 ゚ -゚) 「おじさんとはうまくいっているのか?」

ξ゚听)ξ「はい。元々はよく面倒を見てくれた人でしたから、なにも不自由や
      違和感はありません。でも、気を遣われてるのがよーくわかりますけどね」

川 ゚ -゚) 「それは仕方ないさ。おじさんだって後ろめたいところはあるだろうしね」


戻ってきて欲しいと心の中で思っていても、なかなか言い出すことが出来ない。
時間ばかりが過ぎていって、それでも他愛のない話はずっと続いている。

このまま言わないで、ずっとツンちゃんを話をしていたい。
私がここでもしワガママをいえば、今の関係が壊れてしまうかもしれない。
それだけは避けたかった。


臆病者とののしられたって構わない。失うよりは何億倍もましだもの。
ここは臆病になってもいいところだ。彼女が辛い思いをするくらいならば、私が耐えてみせる。
 


108 名前: 造園業(千葉県)[] 投稿日:2007/03/15(木) 01:13:10.40 ID:w0HPNDE+0

ある考えが私の頭をよぎった。

神様はもっとも残酷な仕打ちを私にしたんじゃないだろうか。

私がつまらない独占欲や嫉妬の炎に身をやつしたから?
その罰が今私にくだっているのだろうか。


・・・やれやれ。神様だ何だって、私も随分信心深くなったものだ。
前はそんなこと考えもしなかったのに。

今私の目の前にいるツンちゃんとかかわるようになってから、私の人生はそれはそれは
ドラマチックだった。
神様の存在を、はっきりと感じ取ることが出来そうになるくらいに。

私とツンちゃんの人生が交じり合ったのは、一年近く前のこと。
あのときのツンちゃんははもう少し子供っぽかった気がする。

今の彼女は、あの時感じた幼い「少女」から、美しい「女性」へと変貌を遂げた。
ほんの少し寂しい気もしたけど、それが成長なのだなと思った。

いろいろな思い出が、走馬灯のように頭を駆け巡った。
死ぬ間際にしか体験できないと思ったけど、そうでもないらしい。私の脳みそはサービス精神が旺盛なのかな。


私は隣のツンちゃんにわからないくらいに笑って、立ち上がった。
これでさよならだ。またしばらく逢うこともない。

後ろ髪を引かれる思いだったが、ここは私が大人にならなくちゃ。



109 名前: 造園業(千葉県)[] 投稿日:2007/03/15(木) 01:13:52.92 ID:w0HPNDE+0

川 ゚ -゚) 「それじゃあ」

私はスマートに去ろうと思った。クーの「クー」はクールの「クー」だ。
キレイに後腐れなく、バイバイ。

今まで楽しかったよ。いつかは会えるだろうけど、いつになるかはわからない。
だから、さよなら。

おじさんと仲良く暮らすんだよ。


さよなら。

これでいいんだよね。

111 名前: 造園業(千葉県)[] 投稿日:2007/03/15(木) 01:15:27.72 ID:w0HPNDE+0







       ξ゚听)ξ「お姉ちゃん!!」






 


112 名前: 造園業(千葉県)[] 投稿日:2007/03/15(木) 01:16:08.29 ID:w0HPNDE+0

ああ、ずるいなぁ。何で別れ際にそんなこと言うのかなぁ。

絶対に

絶対に

絶対に振り向かないって心に決めたのに。

私の足は意思に反して彼女の・・・ツンちゃんのほうを向いた。
意思に反して?ずっとずっと、彼女に少しでも歩み寄ろうとしていたのに?
 


113 名前: 造園業(千葉県)[] 投稿日:2007/03/15(木) 01:17:03.94 ID:w0HPNDE+0

意思になんか反してない。これは私の意思そのものだ。

この踏み出す足は、私の象徴だ。

一歩、また一歩と彼女に近づくのがあのときは嬉しかった。
少しずつ心を開いてくれている彼女を見るのが嬉しかった。

もどかしい。私は駆け足になる。彼女との距離を一気に詰めた。

昔とは違う。

今はもう、距離なんか一ミリだってなかった。
私たちを隔てるのは何もない。彼女を抱きしめて、私は本音をぶちまけた。



114 名前: 造園業(千葉県)[] 投稿日:2007/03/15(木) 01:17:48.42 ID:w0HPNDE+0

川 ; -;) 「戻ってきて、戻ってきてよ。逢えないなんてイヤだ。
      ずっと一緒にいたいよ。おじさんなんかに渡したくない」

ξ;凵G)ξ「私だって、お姉ちゃんさえいれば何もいらない。
      お姉ちゃんのこと好き。大好き。離れたくないよ」


私たち二人にはわかっていた。


たとえお互いがどんなに強く想っていても、一緒になれないことは世の中にたくさんあるのだということを。
だからこそ、こうして叶わぬ想いを打ち明けて、慰めにするしかないのだ。


私たちは、きょうだいなんかにはなれないのだ。


第9章 〜終〜

 

 

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