第1幕:気になる「アイツ」

 今は初夏。外は夕闇。
 日本のどこかの、とある旅館の一室である。
 扇風機が唸りをあげるその部屋で、浴衣姿の男がふたりノビていた。

(;'A`)「おい、ブーン」と、そのうち小柄な方がもうひとりに問う。

(; ^ω^)「なんだお?ドクオ」と、ブーンと呼ばれた男が応えた。

ドクオと呼ばれた男は、少し間を置いてこう切り出した。

(;'A`)「暑くないか?」

(;^ω^)「暑いお」

(;'A`)「おまけに蒸すし…。おい、この扇風機もっと強くならないのか?」

(;^ω^)「これで最強なんだお。こっちだって団扇使ってるのにまだ暑いんだお」

(;'A`)「もしかして…来るのか?」

(;^ω^)「もしかしたら来るお。と言うか、外の様子を見てみる限り、かなりの確率で
 来るんじゃないかお?」

 そう言われ、ドクオは窓の外に目を遣る。
 電線が風になびき、風切り音が閉めきった窓を通り越して室内に響いてくる。暑いのなら
窓を開ければ良いじゃないかとも考えられそうだが、2時間ほど前から風とともに雨まで強くなってきたので、暑いからと言って窓を開けようものなら、たちまち部屋が水浸しになってしまう。部屋は畳敷きなので、そうなったら弁償ものだ。
 それもこれも、「アイツ」のせいである。

(;'A`)「…。そろそろ7時だな。NHKでもやってくれ」

(;^ω^)「おいすー、だお。…ええと、リモコンは……と」

 リモコンが見つからなかったので、ブーンはテレビ本体のスイッチをポチポチ押し、選局
する。ちょうど、7時のニュースのテロップが流れていた。

              『台風2号 九州上陸』

(;'A`)(;^ω^)「キター……」

 アイツだ。
 台風の野郎だ。
 出張中で2人は四国にいるというのに、そこを狙い撃ちするかのようにやって来やがった。
 コイツの暴れ方次第では、2人の帰社にも十分影響を及ぼしてくる。

(;'A`)「ったく…。今どの辺だぁ?」
と、苛立った声でドクオが呟く。

(;^ω^)「焦るなお。すぐキャスターが伝えるお」

 ブーンの言うとおりだった。鼠色のスーツを来た中年のキャスターが、淡々と状況を説明していく。

『大型で強い勢力の台風2号は、けさ9時ごろ鹿児島県に上陸し、九州南部を縦断しています。
 中心の気圧は965ヘクトパスカル、最大風速は40メートルと、上陸後も強い勢力を保ちながら
 今後は北西に進み、今夜8時ごろに宮崎県を抜けたあと明日の未明には四国に再上陸する
 でしょう。では、半井(なかい)さん。気になる今後の台風の動きはどうでしょう…』

 息をのむ。
 視線は目の前のブラウン管に注がれている。

(;'A`)「…」

(;^ω^)「…」

 5分後。

(;'A`)「……」

(;^ω^)「……」

 そのまた5分後。

(;'A`)「…………おk。なるほど、な」

ため息混じりにそう言うと、ドクオは携帯を手に取って短縮で電話をかける。

 呼び出し音がドクオの耳に空しく伝わる。
 電話先の人は、これからの電話の内容を予測しているだろうか。閉めきった窓から漏れてくる轟音は相変わらず強く、相手はうまく聞き取ってくれるだろうかと思案する。
 やがて、電話がつながった。

( ^^ω) 「もすもす。ドクオかホマ?」

('A`)「はい。そのドクオです」

( ^ω^)「ブーンも隣にいますお」

(; ^^ω)「あー…。こんな時期に四国に出張に逝かせて本当に悪かったホマ。まあ、
 ご苦労さんだホマ。で、明日中に帰社できるホマ?」

(;'A`)「ええ、そのことなんですが……」


 た だ い ま 四 国 は シ ャ ッ ト ア ウ ト 状 態 で す


(;'A`)「本州と四国を結ぶ橋がすべて強風で通行止めになってるんですよ。この状態では
 これから乗る予定だった夜行はおろか、淡路経由の高速バスも使えません」
 ドクオは、手に持った切符と窓の外の夕闇を見比べながら言う。

(;'A`)「風もこれから本格的に強くなりますから、たぶん明日の昼ぐらいにならないと四国
 脱出は無理なんじゃないですかねぇ…。そうなると、本社に着くのは夜の9時か10時くらい
 になるんじゃないでしょうか。天気予報だと、明日の昼12時ごろに台風は四国から抜ける
 らしいんですよ。もっとも、台風が抜けたあとでも本州の高速や鉄道がストップしてたら
 完全にお手上げですが…」

 ブーンがドクオの肩をつつく。どうやら電話を代われとの合図のようだ。

(;^ω^)「もしもし。あと、海も空も大荒れなので欠航ばっかりですお」

 そう言い、ブーンは窓際まで移動して課長と通話する。

(;^ω^)「聞こえますかお?外の風の音が」

(; ^^ω)ああ、よく聞こえるホマ。…で、いま2人は何してるホマ?」

( ^ω^)「支社近くの旅館で待機していますお。シーズンじゃないので結構すんなり予約 ができました。本来なら駅に居る時間ですが…」

( ^^ω)「うん、とにかく風雨を凌げているのなら結構ホマ。領収書は貰っておけ。必要
 経費として処理する。そうなると……明日は2人とも出社できそうにないな……」

(;^ω^)「そうなりますお」

( ^^ω)「……2人とも有給が貯まっているからこの際使うか?どうせ貯めといても
 こんな機会でもなけりゃ使う気にもなれないだろ?」

( ^ω^)「…ちょっと待ってくださいお」

 ブーンはマイクの部分を手で塞ぎ、小声でドクオと会話する。
 少しばかり、ブーンの息が弾んでいた。
 
(*^ω^)(有給使うか、だってお)

( '∀`)(mjd?会社も時には優しいじゃないか。東京に居たら絶対有給使わせないような
 オーラを漂わせているのに…)

(*^ω^)(じゃあ、「有給使う」でファイナルアンサー?)

( '∀`)(ファイナルアンサー!!)

 そういえば今日は木曜日。例のクイズ番組があった日だ。

( ^ω^)「あ、もしもし課長。2人で話し合った結果、今回はやむなく有給を使うことに
 しますお。同僚には迷惑かけますお」

( ^^ω)「いや、気にすることは無いホマ。じゃあ、金曜日は2人とも欠勤として…。
 なんだ、土日と合わせると3連休か。うらやましいジャマイカ。まあ、こっちの事は気に
 せず、四国で休養してくれホマ」

( ^ω^)「わっかりましたお!!」

 通話しながら、ブーンは親指を立ててドクオに見せる。

( ^^ω)「あ、それと」

( ^ω^)「何ですかお?」

( ^^ω)「土日をそっちで過ごしても宿泊料は必要経費にはならないホマ。じゃあ」

 ブツッ。
 ツー…
 ツー……
 ツー………
 
 最後にしっかりと夢を壊してくれた。
 ブーンは静かに電源を切る。
 そして親指が上を向いていたブーンの左手は、そのまま180度回転した。

( 'A`)「まあ、いいじゃないか。たまの連休が取れたんだ。前向きに考えようぜ」

(# ^ω^)「(ビキビキ…)ほれ、返すお」

 そう言うと、ブーンは他人の携帯ということもお構いなしに放って寄越した。
 そして、布団の上に寝転んで大の字になる。

( ^ω^)「はぁ〜……。これからどうするお?」

( 'A`)「まぁ寝るか…と言ってもまだ7時半か」

 近くに何かないかな、と言うと、ドクオはごそごそと自分の旅行鞄を漁り、市内の地図を
取り出すと、布団の上に広げた。

( 'A`)「ん〜…」

( ^ω^)「何かあったかお?」
 
 大の字になっていたブーンが、視線だけをこちらに向けて聞いてきた。

( 'A`)「本屋があるな。東京にも店を出しているチェーンだ」

( ^ω^)「本屋に逝って何を買うんだお?」

( '∀`)「決まってるジャマイカ。『マップ○』とか『るる○』だよ。どうせなら帰る道中で
 観光でもしようぜ。日本にはワンサカと湯治場があるし、観光地には事欠かない。どうせ 貯金も小旅行できるぐらいはあるんだろ?」

( ^ω^)「まああるけど……」

( 'A`)「けど?」

(;^ω^)「外」
と、ブーンは指をさす。

(;'A`)「あ…」

 すっかり忘れていた。今は台風が接近中なのだ。
 ドクオは窓の外を見る。
 うん、嵐だ。どうしようもなく嵐だ。
 旅に出ようと思い立ったのにこの嵐では、先が思いやられる。
 まったく、この先どうなるんだろう…。

 

 

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