第3幕:金曜日の予定
 
 ふたたび日本、もとい四国のどこかの、とある旅館の一室である。
 窓越しに聞こえてくる風切り音は益々強くなり、窓ガラスを雨粒が打つ音までもが加わっている。
 先ほどと違うのは、時間が2時間ほど進んでいるのと、2人ともそれ程不快そうな表情をしていない
のとである。それもその筈だ。なにしろ熱帯産のシャワーを全身に浴びてきたのだから。
 2人にとって、ギリシャの重装歩兵の盾ほどに重要な役割を果たしていたビニール傘は、いとも
簡単に風によってオシャカにされた。
 前衛的なオブジェと化した2本の傘は、そのまま道すがらにあったゴミの集積場へと放り込まれた。少し2人の心が痛む。
 しかし、所詮は過ぎ去ったこと。未だ来ていないことと比べると、いま『高松市街図』を挟んで
布団の上に坐している浴衣姿の2人にとっては、ずっと瑣末なことだった。
 もっとも、さっきから聞こえるのは唸り声ばかりで、議論らしい議論は為されていない。
 世間で言うところの「行き当たりばったり」になりそうな予感である。

('A`)「うーん。とにかく……」

( ^ω^)「おっ、何か考えがあるのかお?」

('A`)「うむ。まずは台風の動きを知ることから始まると思うんだ」

 そういうわけで……と言うと、ドクオはテレビをつける。相変わらずNHKだ。普段の番組は
特に面白くないのだが、NHKのニュースは下らない特ダネなんかを扱わないので重宝したりする。
 暫らくは地元の高松放送局からのニュースが流れる。全国区のニュースでは扱わないような、
四国の交通機関情報なんかをやっていた。

('A`)「ふーむ」

( ^ω^)「へー。やっぱり普通の高速よりも、橋がある区間の高速は通行止めの処置が早いお。
 おまけに、雨の影響で山間部の高速と鉄道は既に不通になってるお」

('A`)「うーん。あまり遠出はできそうにないな。台風が抜けそうなのが正午頃だから、それまでは
 市内の観光になるだろうな」

( ^ω^;)「またあの嵐の中をウロウロするのかお?ヘタしたら飛ばされてしまうお」

('∀`)「ははっ。大丈夫だって。お前は体重があるk……」


バキッ
ウボァ!!


( ^ω^)「はぁ…。何かスポットはないかお?」

('A`;)「痛たた……。とりあえず、うどん屋は掃いて捨てるほどあるな。俺たちも行っただろう?
 支社近くの『松村製麺所』へ」

( ^ω^)「あれは美味しかったお。でも、支社の皆が大挙してあの店に行くのはどうかと思うお。
 いくら安くて美味しいからといって、飽きるんじゃないかお?」

('A`)「んなこと無いんじゃないか?そう簡単に県民に飽きられたら、こんなちっぽけな県でうどん
 生産量全国1位の座を保てないぞ。どう考えたって東京の方が分があるだろ」

( ^ω^)「うーん。じゃあ、明日は近場で食べ歩きでもするかお?それほど香川県民を
 虜にする本場の讃岐うどんを食べてみるお?」

('A`)「オッケー。美味い店は…旅館の人に訊いてみるか」

( ;^ω^)「でも、外の雨風はどうなるお?」
窓の外を指差す。

('A`)「まあ、何とかなるだろ。ホラ、行くぞ」

 どっこいしょ、と掛け声をかけてゆっくり立ち上がると、緩慢な動作で入り口の襖を開け、
下駄に履き替える。その後ろから、これまた緩慢な動作でブーンが付いてきた。

('A`)「電気消したか?カギ持ったか?」
障子を開け、廊下に出てからドクオが呼びかける。

( ^ω^)「大丈夫だお」
 
 ブーンも廊下に出ると障子を閉め、カチャカチャと鍵をかける。

( ^ω^)「おっおー。じゃあ行くお」

 ブーンを前にして2人はロビーへと向かう。さっきまではあまり乗り気でなかったブーンだが、
食べ物のことに関わるので少々元気が出てきたようだ。
 2人が泊まっている部屋は3階にあるので、結構見晴らしがいい。だがその分、階段を下るときは慎重にならなくてはならない。下駄履きのうえに階段の幅が狭いので、ブーンは一段一段を
そろそろと下っていく。

('A`)「時にブーンよ。明日は食べ歩きで本当に良いのか?」
階段を下りながら、ドクオは前に居るブーンに訊いてみた。

( ^ω^)「突然何でだお?」

('∀`)「いや、うどんはあまり脂っこくないが、やはり量をこなせば肉になr……」

 ブーンは、前を見ながら階段の途中で急に立ち止まる。
 その左手には後ろにいるドクオの浴衣の襟がガッシリ掴まれていた。
 ドクオは思わず前のめりになる。

('∀`;)「……あの、ブーンさん?」

( `ω´)「てめえに今日を生きる資格は無い…………」

('A`;)「死にたくないですハイゴメンナサイ」

 パッとブーンの手が解かれる。

(#^ω^)「まったく。人の欠点をそう簡単に口にするのものじゃないお」

 ブーンはブツブツと言いながら、その後ろのドクオは押し黙りながら階段を下る。
 やがて、ロビーに出てきた。
 見ると、フロントには2人がチェックインしたときと同じ従業員が待機している。

从-_-从zzZ・・・・・・

 …よく見ると、船をこいでいる。
 外は嵐なので、きっと天竜川の夢でも見ているのだろう。

( ;^ω^)「えーと、どうするお?」

('A`;)「起こすしかないだろ…」

 2人はフロントに近づく。

从-_-从zzZ・・・・・・

 まだ寝ている。
 仕方ない。
 
('A`)「あのー。すみません……」

曝ク゚ー゚从「…………ふぇ!?なな、何でしょうくゎ?」

( ;^ω^)「あ〜。お眠りのところを起こして申し訳ないですお。えと…高松市内か近郊で、
 どこか美味しいうどん屋さんを知ってはいないかと思いまして…」

从'ー'从 「えー…うどん屋さんですか……。あまりに店が多すぎて、地元に住んでいる私でも把握し 切れてないんですよぉ……」

('A`)「マジすか…。じゃあ、雨風に濡れないでできるうどん屋めぐりってありますかね?」

从'ー'从「……ぁ。それなら…………」

 ちょっと待っててくださいねーと言うと、『渡辺』とネームプレートをつけたその従業員は、
小走りで奥へと引っ込んでいく。

 (…あれれー?どこに置いたかなぁ。見つからないよぉ………)


 何か聞こえてきた。


('A`;)( ;^ω^)「大丈夫かな……」

 暫らく待っていると、1枚のパンフレットを持って渡辺さんが戻ってきた。

从'ー'从「ぇと……。これはタクシー会社のパンフレットなんですけど……」
そう言うと、渡辺さんは二人に見えるようにフロントの台に置いて見せた。

 『 一 台 40 00 円 で 一 日 貸 切 、 乗 り 放 題 !! 』
 『 長 岡 タ ク シ ー で 巡 る 香 川 の う ど ん 屋 ・ 観 光 名 所 』

( ^ω^)「なるほど……」

('A`)「つまり、4000円払えば俺たちをテキトーに案内してくれる…ってことか」

从'ー'从「そうですねー。運転手さんなら土地勘もあるでしょうし、タクシーで巡るなら雨風も
 かなりマシになるでしょう。いくら乗り回しても4000円らしいですからね」

 少し悩む。もう少し2人で細かい予定を立てたかったが、もとから行き当たりばったりな旅なので、
他人に旅路を案内してもらう方が気がラクでいいかも知れない。
 まあ、袖振り合うも多生の縁である。

('A`)「……どうする?俺はこれでイイが」

( ^ω^)「僕もいいお。これなら雨も怖くないお」

('A`)「じゃあ、『タクシーでうどん屋巡り』、ファイナルアンサー?」
 
 なんとなく例のフレーズが口から出る。木曜日は何か憑きものでも湧くのかも知れない。

(*^ω^)「ファイナルアンサー!!」

从'ー'从「じゃあ、明日の朝にでも長岡タクシーさんにいらして下さい。えーと、明日の朝食は
 何時ごろにしますか?」

('A`)「うーん」

 腕時計を見る。針は11時を指している。

('A`)「何時間寝るか?」

( ^ω^)「まあ明日は一応観光だから…、8時間ぐらいしっかり寝るお」

('A`)「おk。じゃあ、7時半ぐらいに起きて……8時ごろに食べます」

从'ー'从「かしこまりましたぁ」

( ^ω^)「あ、すいません。ワイシャツとかはクリーニングに出せますかお?」

从'ー'从「ぁ、はい。部屋の床の間においてあるビニール袋に入れてください。夕方までには
 クリーニングが終わっていると思いますので」

( ^ω^)「わかりましたお」

('A`)「じゃあ、そろそろ部屋に戻るか…。どうもありがとうございました」

从'ー'从「どうもー。お休みなさいませー」

 渡辺さんがぺこりと頭を下げる。つられて2人も頭を下げる。
 来たときと違い、今度はドクオが前に立って階段を登る。ブーンが前だと、万が一転落したときに大変だ。

('A`)「さて、早いとこ台風が抜けてくれると良いがねぇ……」 
パンフレットを見ながら、後ろのブーンに向かって呼び掛ける。

(;^ω^)「仕方ないお。この旅行計画だって、台風が無かったらそもそも実現しなかったんだお」

('A`)「ん〜…」

 言われてみればそうだ。この旅行は台風のお陰なのである。
 ここまで台風が接近していなければ、今頃は東京行きの夜行列車内だ。それと比べたら、台風の
せいで行動が少々制限されることなど、小さい小さい。
 こうなったら、台風の中の香川観光を思いっきり楽しもうではないか。ドクオはそう思った。

 そうこうしているうちに、部屋まで辿り着く。ブーンが鍵を開けると、2人は取り敢えず
布団の上に坐する。

('A`)「さて、あとやる事は……」

( ^ω^)「まあ、まずさっき濡れたワイシャツをビニール袋に突っ込むお」

('A`)「じゃあ俺はケータイで目覚ましをセットするかな…」

 それぞれが、明日に向けて準備をする。
 本当に、奇妙なものだ。出張に行く前は、2人とも台風は来て欲しくないと話し合ったものだ。
 ところが今、2人は確かに台風の恩恵に預かっている。

('A`)「あらかた済んだか?」

( ^ω^)「こっちは大丈夫だお」

 ドクオは天井から垂れている電燈の紐を掴む。

('A`)「じゃ。消すぞ。おやすみー」

 パチン、パチン。
 紐を2度引くと、電燈は完全に消える。
 室内には、ドクオの携帯のバックライトと幽かに窓から入ってくる高松市の薄明かり以外に
光らしい光は無い。

 ごそごそと、めいめいが自分の布団の中に入る音。
 そして、心なしか強さを増している雨風の音。
 光が失われた分、聴覚が研ぎ澄まされる。
 ああ、そういえば2人は今、近づきつつある台風の真下に居るのだとドクオは考える。
 ブーンは、明日のうどん屋のことを考える。東京では食べられないような美味しいうどん屋に、
果たして巡りあうことができるのだろうか。
 
 2人とも、布団の中で明日のことについて考える。
 明日は明日で、タクシーの運転手が2人の旅先案内人になるだろう。2人は、ただ身を委ねる
だけで良い。もともと台風に委ねた身だ。
 そういう旅行も悪くはないと思う。
 嵐が本格的になる中、ゆっくりと眠りについた。
 台風よ。できれば旅の邪魔はしないでくれ、と願いながら。


第3幕:金曜日の予定                  了

 


 

どうでもいい幕間


 読者の中には、「この舞台はどこだ?」と思っている人が多いかもしれない。実際、普通に地名を
ポンポン出している小説において、一番重要とも言える場所を伏せておくのは読者にとって
酷なものであろう。

 実際、作者の私は、最初は「ここは高知」という脳内設定で書き進めていた。
 しかし、ある致命的なミスを犯していたことに気づいていなかった。

  ↓致命的なミス
 (;'A`)「本州と四国を結ぶ橋がすべて強風で通行止めになってるんですよ。この状態では
  これから乗る予定だった夜行はおろか、淡路経由の高速バスも使えません」
 ドクオは、手に持った切符と窓の外の夕闇を見比べながら言う。


 お分かりでない方のために説明しよう。
 高知から東京へは夜行は出ていない。松山然り、徳島然り。…そう。高松しか残されていない。

 本当は、高知と高松の描写を織り交ぜたかったのだが、それが出来なくなってしまった。少し
名残惜しいが、読者の方々には高松の描写だけで我慢していただくこととする。

あと、『vip峡温泉』は、高知県に実在する『べふ峡温泉』のフェイクである。いい所なので
暇があったらおいで来まい。


どうでもいい幕間                      了

 

 

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