391 : ◆girrWWEMk6 :2006/03/28(火) 14:42:09.31 ID:yYz7JCr50
( ´_ゝ`)「……ジョルジュ……」
ビルから遠く離れた小さな公園のベンチにジョルジュ、兄者の二人が座り、
ギコは近所のコンビニから盗んできたジュースと軽い食事を採っていた。
( ゚∀゚)「……」
ギコが持ってきたジョルジュの食事分にも手をつけず、ジョルジュは考えていた。
これまで、自分が置かれていた状況というのは、ひどく非現実的なものだった。
この人生の中、何度か経験した震災とは程遠いこのニュー速を襲ったこの事件。
地震――それはあまりに大きすぎ、あらゆる人間、建物などを破壊した。
続いて電波障害――誰とも連絡は取れず、完全に本島とは隔離されている。
自分の見知る生存者の行方不明――
これが大きかった。兄者もギコもこの地震後に出会った人間だ。
その以前まで共に生きてきた会社の友人、隣人らの姿を一度も見かけていないため、
どうも現実感というものが欠如していたらしい。
393 : ◆girrWWEMk6 :2006/03/28(火) 14:51:24.39 ID:yYz7JCr50
震災後から今まで、あまりに急に世界が一変してしまったため、
現実味は失われ、ある種のゲームの中にいるような感覚があった。
だから百貨店に忍び込むだとか、自動販売機を破壊したりだとか、
日ごろの鬱憤をはらすような行動をしてきた。
だが、既知の仲の人間の死を目の当たりにし、それらはすべて消えさった。
彼は自分の腕の中で息を引き取った。
その命の消える瞬間の出来事は、まだ自分の手に残っていた。
自分の直接の上司が死んだことにより、今自分のおかれている状況を、再認識した。
そのせいで、急激に現実味というものがジョルジュの中に浮かび上がってきた。
これはゲームじゃない。
夢でもない。
ここにあるのは現実で、この手の中に残る人間の死も現実でしかありえない。
恐ろしくなった。
自分もああして死んでしまうのではないだろうか、と考えると、
自分の目の前は真っ暗になり、どこへ行こうともその闇から抜け出せず、
終いには突然足元にぽっかりとあいた終わりのない落とし穴にはまってしまいそうな、
そんな感覚があった。
395 : ◆girrWWEMk6 :2006/03/28(火) 14:59:27.61 ID:yYz7JCr50
じゃあここから動かなければいい。
このまま貝のように閉じこもり、探しに来てくれるかもしれない救助を待つのだ。
そうも考えた。
でもそれは結局現状からの一時的な逃避でしかなく、この現状の打開策というわけではなかった。
このままここにいたところで、VIP商事に着く前に聞いたギコの話だと、
この島はゆっくりとだが、確実に沈みつつあるらしい。
いつかはここも海の底へと沈んでいく。
そうしたら、こないかもしれない救助を待ち続けている自分は、結局助からない。
生きて行くためには、せめて緊急避難場所へ逃げるしかない。
だけれども、やはり目の前の闇に自ら足を踏み入れることが、ジョルジュにはできなかった。
398 : ◆girrWWEMk6 :2006/03/28(火) 15:19:36.80 ID:yYz7JCr50
( ´_ゝ`)「……」
ジョルジュが頭を抱えて考え込んでいるのを、兄者とギコは何もいわずに様子を見守っていた。
自分たちが何を言ったところで、最後はジョルジュ自身の決断を待つしかない。
ただ兄者は、ジョルジュが生を放棄した場合、頬をひっぱたき、
無理やりにでも連れて行くつもりだった。
見殺しにはできないし、何より付き合いは短いが、兄者はジョルジュを友人だと思っていた。
その友人が死のうとするのを、放っておけるわけがない。
( ´_ゝ`)「……ギコ、その書類は何なんだ?」
考え込むジョルジュをそっとしておくことに決めた兄者は、ギコにたずねた。
(,,゚Д゚)「お、おう。先生は図面だとかなんだとか言っていたんだが……」
自分のふところに入れておいた書類の束を取り出し、ぱらぱらとめくったが、
すぐにギコは目を閉じ、兄者のほうへ放った。
(,,゚Д゚)「読む気しねえぞ」
上部を大きなクリップで閉じられた書類を受け取り、兄者も目を通してみた。
( ´_ゝ`)「……これは島の全図……これは設計図か?
それに……島の断面図……あとは……何語だこりゃ、独語かな」
一番最後の書類は、どうやらドイツ語らしき言語で書かれており、
自国語しか教養のない二人にはさっぱり読めなかった。
403 : ◆girrWWEMk6 :2006/03/28(火) 15:48:19.53 ID:yYz7JCr50
(,,゚Д゚)「……なんだってそんなもんが重要なんだろうな」
( ´_ゝ`)「さあな。でも、なんかおかしいぞ、この断面図。
島を横からぶつ切りにしてるらしいんだが、
ここ、地下に空洞がある。高さはあんまり無いが、横がかなりあるな。
VIP商社のビルを二つ並べたくらいの幅がある」
そういって、図面にあるニュー速の地下を指差した。
ギコは横から覗き込むかたちでそこを見て、確かに、とうなずいた。
(,,゚Д゚)「つまり地下になにかあるってことか」
( ´_ゝ`)「まぁ、そういうことだな。老人の言ってた真実というのはこれのことだろうか」
(,,゚Д゚)「でもよ、ここが真実って、どういうことだ?」
( ´_ゝ`)「ここに何かがあるんだろ。
ほらみろ、この空白からいくつか地上にラインが出てるだろ。
これは多分、ここに行くための経路だな。
どこに繋がってるかは……こっちの図面か」
連なった書類の束をいくつかめくり、ギコにも見えるように大きくめくった。
その図面は島を上空から見た全図で、極力地名や場所の名前を削ったものだった。
ただ、P1、P2、P3、P4とふられた地図上の点の傍の目印になる地名は記載されていた。
( ´_ゝ`)「P1……ポイントかな」
そうつぶやきながら一ヶ所一ヶ所指を動かし位置の確認をした。
404 : ◆girrWWEMk6 :2006/03/28(火) 16:00:15.38 ID:yYz7JCr50
P1はニュー速総合病院付近。
P2はニュー速の最西部に位置するニュー速空港付近の工場地帯。
P3は居住区と都市部の境界に流れる一筋の川のそば。ニュー速管理センターにあった。
そしてP4まで指を動かし、兄者は大きく目を見開き、体を震わせた。
その様子を見てギコは不審に思った。
(,,゚Д゚)「どうしたんだ?」
( ´_ゝ`)「……P4は、サスガ、ビル……」
ギコ、頭を抱えて考え込んでいたジョルジュ、そして当の本人である兄者も、
驚きの顔を隠すことはできなかった。
405 : ◆girrWWEMk6 :2006/03/28(火) 16:06:05.57 ID:yYz7JCr50
( ゚∀゚)「……どういうことだ?」
( ´_ゝ`)「俺が知るわけないだろ! 俺だって、うちの会社自体、
うちの親族の人間が作った会社だってことくらいしかわからんのだ……」
吐き捨てるように兄者はいった。
その顔は頭上に疑問符を浮かべているのが目に見えるような表情だった。
(,,゚Д゚)「……まあわかんねえなら仕方ねえけどよ。
で、元気になったジョルジュさんよ。あんた、どうするんだゴルァ」
急に話をふられ、一瞬ジョルジュは焦ったが、
少しばかりうつむいて黙りこくった末、ぽつりとつぶやくようにいった。
( ゚∀゚)「……正直、何がなんだかわからねえけどな……。
この地震の謎だとか、なんでジジイがこの程度の図面で殺されたんだとか、
それに、さっきの兄者の件だとか……」
( ´_ゝ`)「……」
406 : ◆girrWWEMk6 :2006/03/28(火) 16:07:13.98 ID:yYz7JCr50
( ゚∀゚)「……でもな、結局ここでじっとしてたって、何も始まらないんだよな。
そりゃ危ないのはいやだし、死にたいわけでもない。
俺の目の前で死んだ、あの女みたいにな。何も知らずに死にたくない」
そこでいったん切り、大きく息を吸った。
自分なりの精神集中だ。
吐き出す息とともに、言葉をつなぐ。
( ゚∀゚)「……俺は行くぞ。何にも知らずに死ぬのはごめんだ。
多分もう何も知りませんってしらを切るわけにゃ、いかねえんだよな。
兄者、お前もそうだろ?」
( ´_ゝ`)「……ああ」
小さいが、兄者は確かにひとつ、うなずいた。
( ´_ゝ`)「……そうだな。知らないと、寝覚め、悪いもんな」
( ゚∀゚)「ああ」
407 : ◆girrWWEMk6 :2006/03/28(火) 16:08:10.79 ID:yYz7JCr50
二人の言葉を黙ってきいていたギコが、残ったジュースをすべて飲み干しながら、二人に問うた。
(,,゚Д゚)「決心は固まったか」
( ゚∀゚)「おう、もちろんだ」
( ´_ゝ`)「この地震の謎とやら、解いてやることにするさ」
(,,゚Д゚)「そうか」
腕を組み、大きくうなずいた。
(,,゚Д゚)「じゃあ俺帰るわ」
( ´_ゝ`)( ゚∀゚)「……は?」
408 : ◆girrWWEMk6 :2006/03/28(火) 16:08:49.53 ID:yYz7JCr50
ギコの一言に、二人は思わず固まった。
当の本人はあっけらかんとしており、
当然のように兄者の持つ書類をひったくるようにして受け取り歩き始めた。
( ゚∀゚)「……いやいやいやいや! 何してんだよ!」
呆然としていたが、はっとし、全力で駆け寄った。
(,,゚Д゚)「何って、俺は別に知らなくてもいいしな。
とりあえずこの図面さえ先生に渡しさえすれば、あとは救助待つだけだし」
悪びれた様子もなく、ギコは言い放った。
確かに言われればその通りであり、ジョルジュには何も切り返す術はなかった。
( ´_ゝ`)「おい、それはジョルジュが死んだ上司から受け取ったものだぞ」
兄者は去ろうとするギコの背中にいった。
(,,゚Д゚)「でもよ。これを手に入れるのを、お前ら協力してくれるって話だろ」
( ´_ゝ`)「そ、それは……」
確かに、ジョルジュはそういう話で取引をした。
だがあの時はここまで重大な事件に発展するとは思ってなかった。
409 : ◆girrWWEMk6 :2006/03/28(火) 16:09:45.71 ID:yYz7JCr50
( ゚∀゚)「……悪いが、地図だけでもいい。少し見せてくれ」
(,,゚Д゚)「ああ、別に返せって話じゃなけりゃあな。ほら」
ギコが何枚かの図面をジョルジュのほうへ見せた。
ジョルジュはそれを見ながら、ふところから取り出した手帳に
一瞬で同じような地図を描き上げた。
(,,゚Д゚)「は、はえーなゴルァ……」
ギコは驚き、唖然としていた。
( ゚∀゚)「これくらいしか芸がないからな。あと腕振るくらい」
(,,゚Д゚)「……とにかく、もう終わったんだな。
じゃあ俺は行くぞ。相手はこの書類と図面を、ジジイを射殺してでも消そうとした奴だ。
命を粗末にすんなよ。わざわざ助けた意味がねえからな」
( ゚∀゚)「ああ、かたじけねえ。
まあ、お互い生きてたらいつか会おうぜ」
(,,゚Д゚)「いつかな」
ギコは振り向き、ニュー速グラウンドのほうへ歩き始めた。
それきりギコが振り返ることはなかった。
410 : ◆girrWWEMk6 :2006/03/28(火) 16:11:44.67 ID:yYz7JCr50
( ゚∀゚)「さてと」
( ´_ゝ`)「また二人か」
( ゚∀゚)「なんだ、俺と二人きりだと不満か?」
口を尖らせて、すねたようにジョルジュはいった。
( ´_ゝ`)「いや、気兼ね無くなったなってことだよ」
( ゚∀゚)「はは、まあな」
ジョルジュはまっすぐ自分の前にいる兄者に向けて握りこぶしを突き出した。
兄者はそのこぶしを小突くように、自分のこぶしと合わせた。
二人のこぶしに痛みはあったが、それは二人の共有する痛みだった。
そうして二人は歩き出した。
一路、サスガビルを目指して――。
112 : ◆girrWWEMk6 :2006/03/30(木) 00:26:08.06 ID:o8kDfl6a0
――ドクオ――
同日 AM 11:49
ミ,,゚Д゚彡「ほら、今日の昼ご飯。ちょっと早いけど」
フサギコ医院の医師、フサギコが直々にドクオとショボンの昼食を
トレイに載せて運んできた。
('A`) 「あ、どうも……」
頭を下げながら、ドクオはそのトレイを受け取った。
フサギコ医院での本日の昼食メニューは、ごく簡単なカレーとサラダだった。
ドレッシングは自家製なのか、別の容器に入れられていた。
カレーの刺激的な匂いが鼻腔をくすぐり、勝手によだれがにじんで来た。
つい先ほどまでなかった食欲が、うそのように湧いてきた。
ドクオたちは一時間と少しの時間をかけて、ようやくフサギコ医院にたどり着いた。
通れる道は覚えていたし、ショボンも苦しみつつも歩くピッチを上げていったので、
母を連れているよりも格段に早く着けた。
案の定、病院と体育館の道路は警戒心をむき出しにした若い男女が十数人ほどおり、
金属バットを持ったドクオたちをあからさまな敵意で迎えた。
近づき、事情を話す前に襲われそうな一触即発の雰囲気があった。
116 : ◆girrWWEMk6 :2006/03/30(木) 00:35:33.45 ID:o8kDfl6a0
だがその男女の中に、ドクオの母を運んでくれた二人の姿があり、
二人はドクオたちに気付くと、あちらから寄ってきてくれた。
「金属バットなんか持って、護身用かい?」
('A`) 「ええ、そんなもんです。ここに置いて行きましょうか?」
「いや、いいさ。俺たちから誤解解いとくから。一緒に来ていいよ」
そう話す二人のおかげで、ドクオたちもフサギコ医院へと入ることができた。
腕を痛めたショボンはそのまま医院の医師によって手当てをうけた。
骨はイっていないらしく、軽い打撲だけだったらしい。
治療というにはあまりにもお粗末で、包帯だけ巻かれておしまいだった。
ミ,,゚Д゚彡「他にもな、いろんなけが人がいるんで、我慢してほしい。男の子だろ?」
(´・ω・`)「そういうの、男女差別の温床なんですよ」
別段いやそうな顔もせずショボンがいうと、フサギコは小さく苦笑いした。
121 : ◆girrWWEMk6 :2006/03/30(木) 00:55:12.98 ID:o8kDfl6a0
そして、こうして包帯を巻いたショボンとともに、ボランティアに参加することなく、
手持ち無沙汰でフサギコ医院のそばで待機しているというわけだった。
('A`) 「……そういえば、カーチャンどうなったんです?」
スプーンいっぱいのカレーを頬張りながら、隣りで同じく
小気味良い音を立てながらサラダを食べるフサギコにたずねた。
ミ,,゚Д゚彡「ああ、やっぱり骨が折れててね。今、ベッドで横になってる」
('A`) 「なるほど」
ミ,,゚Д゚彡「しかしあれだけ放置したまま、強行軍を続けるとはねえ。
よっぽど君に心配かけたくなかったんだろうね」
初老の医師は、うんうんとうなずきながら麦茶を飲んだ。
それを聞いて、ドクオは沈むような気持ちになった。
自分もつらいのにそれをドクオに悟らせることなく、
むしろドクオのことを気にかけていた母のつらさを、ドクオは丸きり理解できなかった。
いつだってそうだ。
地震が起こる前でも、母はいつもドクオのことを気にかけていた。
ドクオはそれを疎ましく思い、時々だが、いなくなればいいと思っていた自分が、
さぞさもしい人間に思えた。
138 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/03/30(木) 01:42:01.00 ID:KiDmJ67v0
だがショボンが襲われた。
これは事実だ。
現にこうして腕を押さえ、苦痛に満ちた顔をしている。
額からは嫌な脂汗がびっしりと浮かび、声を出すのも辛そうだった。
('A`)「でも、あいつらが……」
(´・ω・`)「でも、事実なんだ……僕は襲われ、やつらは逃げた……
くそっ……あいつら……」
('A`)「……分かった。ショボン、お前もフサギコ医院へ行こう。
カーチャンと一緒に治療してもらおう」
ドクオは、ショボンの右腕を取り、自分の首にかけた。
ショボンはやはり母より重く、背負って行けそうにないため、せめて肩を貸した。
(´・ω・`)「……ありがとう……」
('A`)「なに、困ったときはお互い様だ。
俺もお前に助けてもらったしな。それに、友達だからな」
二人はよろよろと歩き始めた。
ショボンの金属バットは、ドクオが持つことにした。
フサギコ医院にはもう通り魔の話は伝わっているだろうから、
本当ならこの場に置いて行った方が良いかもしれないが、
やはり何も武器がないというのは、不安だった。
母を連れ帰ってくれたボランティアの二人と出会えれば、誤解も解けるだろう。
そうして二人は、フサギコ医院へと向かうことにしたのだった。
254 : ◆girrWWEMk6 :2006/03/30(木) 20:51:27.88 ID:o8kDfl6a0
フサギコはそんなドクオの顔を見て、微妙な空気を取り成すように付け足した。
ミ,,゚Д゚彡「……まあ、親っていうのは、そんなもんなのかもな。
わたしも子どもがいたら、そんな気持ちが理解できるのかもしれんかったが」
('A`) 「お子さん、いないんですか?」
ミ,,゚Д゚彡「うん。若いころは家庭よりも仕事って感じだったしね。
別にもてなかったわけじゃないよ。断じて違う。
医者ってのは、それだけでステータスになりうるもんだからね。
たまたまわたしがもてなかったわけじゃないさ。ここ、忘れないでね。
ただのサラリーマンになった弟が先に結婚するなんてな……」
まくし立てるようにそういった。
どう聞いてもドクオには言い訳にしか聞こえなかったが、
はあ、とあいまいな返事だけを返しておいた。
ミ,,゚Д゚彡「まあそんなこんなでな。結局わたしは……
いや、どどどどど童貞ちゃうわ! この歳で童貞なんかじゃないから!」
('A`) 「はあ」
ミ,,゚Д゚彡「……」
('A`) 「……」
結局、前にも増して微妙な空気がただよった。
ドクオは思った。
こんな医者に、人の命が任せられるのだろうか。
258 : ◆girrWWEMk6 :2006/03/30(木) 21:04:41.85 ID:o8kDfl6a0
疑心に満ちた横目を投げかけてくるドクオの視線に気付いたフサギコは、
大きく咳払いをひとつして、ショボンに話しかけた。
ミ,,゚Д゚彡「……腕のほうはまだ痛むかい?」
それは優しく、そして申し訳のなさを含んだ声だった。
(´・ω・`)「ええ、まあ痛みます」
無遠慮にひとつだけうなずくショボン。
ミ,,゚Д゚彡「すまんな。なんせ鎮痛剤も出し惜しみしてしまうほど、物資がないんだ。
正直なところ、打撲なんかじゃ鎮痛剤は出せんのだ」
さっきフサギコがした言い訳とはまた違った、
今度は言い聞かし、諭すような物言いだった。
(´・ω・`)「それじゃ、鎮痛剤が出せるような怪我っていうのは?」
ミ,,゚Д゚彡「……ドクオくんのお母さんみたいに、骨が折れてたりだな。
あとは……体を破損、というか、欠落、というか……」
いいにくそうにするフサギコのあやふやな答えに、
ショボンとドクオはすぐに察しがついた。
264 : ◆girrWWEMk6 :2006/03/30(木) 21:43:43.99 ID:o8kDfl6a0
(´・ω・`)「もげちゃったり、ですか」
ミ,,゚Д゚彡「……まあね。なんだかんだで、足を切断されてる患者もいる。
腕だってそうだ。そういう人に優先して医療物資を使ってるからね。
……しかし、やはり自分の慣れ親しんだ体の一部がなくなるというのは、
恐ろしいんだろうね。
さっき見た患者は、自分の片腕がないことをかなり嘆いていたよ」
(´・ω・`)「医者なんだから、それぐらい分かってたでしょう?」
ざんげのように悔やみながら小さくつぶやくフサギコに、
辛らつなほどあっけなくショボンはそういった。
ミ,,゚Д゚彡「……まあね……」
スプーンを皿の上においたまま、フサギコはうつむき、カレーの盛られた皿を見ていた。
いや、おそらくその視線は、その皿のもっと下、自分の想いの底を見つめているのかもしれない。
ドクオは何もいえなかった。
ショボンのようにはっきりとした物言いもできず、
かといって大人を慰めることができるほど器用な人間でもない。
金属のスプーンが陶器の皿をたたく音が聞こえなくなり、
それに気付いたフサギコが無理やり陽気な声をつくった。
ミ,,゚Д゚彡「あ、あはは、く、暗いぞー。子どもは元気がなきゃいかんな!」
267 : ◆girrWWEMk6 :2006/03/30(木) 22:00:50.97 ID:o8kDfl6a0
('A`)
「……腕とか再生したらいいのにな。ほら、よくSFマンガとかであるじゃないか。
いくら死んでも、記憶のデータ化による記憶の複製とかさ」
冗談めかしてドクオがそういう無邪気な話題を振ると、
フサギコもそれにのって、笑いながら答えた。
ミ,,゚Д゚彡「ははは、ナメック星人じゃあるまいし」
(´・ω・`)「でも、現代のクローン技術だと、そんなのもできるんじゃないですか」
だがショボンは至極普段どおりの、無表情な顔で、そうたずねた。
その声は、ある種の真剣さをはらんだものだった。
フサギコは一瞬迷ったような顔をしたが、一瞬の間をおき、いった。
ミ,,゚Д゚彡「いやいや、わたしが知る限り、そんなことはできんさ。
というより、人間の倫理がそうさせてはくれないだろうね。
腕が再生だなんて、それはある意味人体製造だよ。
記憶の挿入なんてのも、まずいな。
それをしていいのはたぶん神さまだけだと思うよ」
皿の上のカレーを食いつくし、コップに入った麦茶を口に含んだ。
別段暗い話でもないため、フサギコの口調はごく自然なものだった。
(´・ω・`)「人体製造、ですか」
ミ,,゚Д゚彡「ああ。考えてもみてよ」
そういって、フサギコは一口だけ麦茶を含んで、口を潤した。
これから長く話すための下準備なのだろう。
280 : ◆girrWWEMk6 :2006/03/30(木) 23:19:32.29 ID:o8kDfl6a0
ミ,,゚Д゚彡「もし人間が、人体製造なんかするようになるとする。
オリジナルの遺伝子から作られるのがクローンなんだけど、
自分の遺伝子から作られるんだから、オリジナルとはほとんど瓜二つの存在となる。
まあ生活環境によっては少しばかりの変化はあるけど。
でもさ、クローンなんて存在が世間に放たれたら、どうだろうか。
それはぱっと見、ほとんどオリジナルと大差ない。
そうすると、オリジナルと偽って生きて行くことすら可能になる。
人間なんていう自己主張の激しい生き物が、そんなことを許してしまうのだろうか。
自分がやってもないことを人に疑われるのだって、いやだろう?
だから人間は『勘違い』だとか、『誤解』だとかいうものを解きたがる。
同属嫌悪なんていう言葉さえある。
そんな人間が自分と大差ない存在なんて、許容できるのだろうか?
多分、できないな。いや、間違いなくできなくなる。
だがしかし、人間はクローン技術の発展をのぞむ。
何故か。
それは、そのクローンが、自分の代わりになりうるものだからだ。
自分の遺伝子から作られる存在なら、内臓諸器官との拒絶反応は起きない。
なんせ自分のものなんだからな。心臓を移植しようと、それはほぼ完璧なものだ。
後遺症なんて残らない。
これはすばらしいことだ。
だから人間は自分と同じ存在を作り上げようとする。自分の代わりとしてな。
だがそこに、人間としての扱いなんてものはない。
人間として扱うとすると、人権やなんかが絡んできて、一個体の人間として扱おうとされる。
そうすると自分の複製品なのに自分とは違う存在として生きていくことになる。
それを許さないのが人間なんだから、そうさせないのも人間だ。
だが人類なんて生き物の主義思想なんて千差万別だ。
そういう考えを許さないのも、人間なんだ」
288 : ◆girrWWEMk6 :2006/03/30(木) 23:37:53.39 ID:o8kDfl6a0
('A`) 「……」
(´・ω・`)「……」
ミ,,゚Д゚彡「つまりね、これまでの人間の倫理観からすると、
クローンだろうとなんだろうと、一個の人間として扱おうとするという意見が
たぶん世界の大半を占めるだろうね。
だからクローン技術の発展なんてのはかなり抑制されているんだと思う。
でも世界の水面下では、もしかしたらそういう研究しちゃったりもするかもしれないけど。
わたし個人としてもそんなの反対だし、
何よりそんなことをすると、人間の生死に対する概念すらもおかしくなっちゃうと思う。
だって代わりがいくらでも作れるんだよ?
記憶の挿入技術とか、それこそ人間をファックスでコピーするようなもんだ。
昔はわたしもそういうSFチックな幻想を抱いたりしたけど、
今、こうして大地震が起きて、生きるか死ぬかの瀬戸際にいる中で、
人間の生きる意味とか、死ぬ意味とか、
そういうのをわたしは今とても身近に感じている。
……医者として、こういうこと言っちゃうのは最低かもしれないが、
わたしは、死を身近に感じることで、与えられた生の意味を考えられるようになるんじゃないかって、
そう思うんだ。おかしいかもしれないけどね」
フサギコはそういってコップに残った麦茶を一気に飲み干した。
その表情は、どこか憂いを帯びたものだった。
289 : ◆girrWWEMk6 :2006/03/30(木) 23:49:06.19 ID:o8kDfl6a0
ミ,,゚Д゚彡「ここにある死は、わたしたちにないものだ。
わたしたちは生を持っているため、相対するこの死という財産を持つことはできない。
わたしたちの限りある人生の中で、ただ一度きり、誰にでも訪れる事象。
死っていうのは、恐ろしいもので、でも尊いものなんだ。
それがこんなに身近に、それこそはいて捨てるほど存在するこの島。
わたしは、ここにいれることが、少し幸せに思えるよ」
口を挟むことなくそのフサギコの独白じみた言葉の連なりを聞いていたドクオが、
最後の一言に憤慨したように顔を耳まで紅潮させた。
('A`) 「し、幸せだなんて! 人が死んでるんですよ? どこが幸せだ!」
(´・ω・`)「……」
訳がわからない。
ちょっとだけいい医者かと思えば、訳がわからない話をぺらぺらとしゃべった挙句、
この、人間がたくさん死んでいる状況の中にいれて、幸せだとかいうフサギコの神経を疑う。
ふざけるな、という感情しか浮かんでこない。
それが口をついて出るのに時間はかからなかった。
('A`) 「あんたは、人の痛みがわからんのだ! だから平気でそんなことが言える!
ふざけるな! あんた、それでも医者か!」
ミ,,゚Д゚彡「……わたしもね、この地震で母が死んだ」
290 : ◆girrWWEMk6 :2006/03/30(木) 23:58:17.54 ID:o8kDfl6a0
フサギコの突然のつぶやき。
('A`) 「え……」
それでドクオの一方的な叫びがとまるのも、当然といえば当然だった。
ミ,,゚Д゚彡「わたしの父はもう亡く、年老いた母はわたしが世話をしていた。
わたしの家はこの医院の裏手にあった小さな和風家屋でね。
古くて、伝統的といえば伝統的なものだったが、結構老朽化していてね。
でも母はそれがかなりお気に入りだった。
リフォームもできたが、母はそうさせてくれなかった。
そのせいかな。今はもうものの見事に潰れてしまったよ」
('A`) 「……そ、それなのに、なんで! なんで幸せだとかいうんですか!
母さんでしょ? 血が繋がってるんでしょ!?」
ミ,,゚Д゚彡「その母の死を認め、わたしは自分の生の意味、ありがたさがわかったんだよ」
手を組み、両の指を絡ませながら、フサギコはいった。
予期せぬその返答に、ドクオは何がなんだかわからなくなった。
('A`) 「さ、さっきも言いましたよね、それ。どういうことなんですか?」
291 : ◆girrWWEMk6 :2006/03/31(金) 00:10:18.58 ID:LZ08/oUY0
ミ,,゚Д゚彡「どういう意味も何も、わたしの母は死んだ。
そのおかげで、ただただわたしは自分の運命を呪い、そして、喜んだ。
母は死んだが、わたしは生きている。
生きているわたしは、死んだ母の分まで生きることをしなければいけないんだ。
ここには、わたしと同じく家族を失くした人間がたくさんいる。
だからわたしは、生きたいと願う人間を手助け、
そして死んだ家族、大切な人の分まで生きてもらいたいんだ。
そうすることで、わたしはわたしの生を全うすることができる気がするのでね。
これが、わたしの母が死んだことによって得た、わたしなりの生の意味の回答だよ」
長い話を終えたフサギコの顔つき、声の色は、
先ほどのおどけたことばかり言っていた男のそれとは違っていた。
そこにあったのは、自分より長く生き、自分より多くの人間を救おうとしている男の姿だった。
('A`) 「……正直、俺にはあなたが何を言っているのか、あまりわからなかった……」
ただ言葉の上っ面だけ聞いてすべてを理解した気になっていた自分が恥ずかしかった。
('A`) 「でも、あなたの思うところは、たぶん、わかった気がする……」
この人は、人の死を軽く見ているわけではない。
誰よりも重く見ており、そしてその意味を理解している。
('A`) 「すみませんでした。生意気言って……」
ドクオは自分の過ちに気付き、立ち上がって深々と頭を下げた。
そのさっきと変わって見せる真摯な態度に、フサギコは軽くうろたえた。
295 : ◆girrWWEMk6 :2006/03/31(金) 00:20:14.89 ID:LZ08/oUY0
ミ,,゚Д゚彡「い、いや、いいんだ。わかってくれれば……いや、わかってくれなくてもいい。
それが子どもってものだからな。子どもってのは、いくらでも間違えてもいいもんなんだ。
間違えて、間違えて、それが正解になるっていうのが、子どもの正しいあり方なんだよな。
ほら、顔あげて。さっさとカレー食っちゃいなさい。
あと、お母さんは今寝てるから。たぶん緊張の糸が一気に切れちゃったんだろうね。
だから、また夜に来なさい。医院のベッドで寝てるからね」
そういうと、立ち上がり、昼食の皿の載ったトレイを持ってまた職場に戻っていった。
その背筋は真っ直ぐで、自分の考えに微塵の迷いもないふうだった。
(´・ω・`)「……」
フサギコが去って、二人の中にはただ沈黙しかなかった。
ショボンはあの初老の医者が去った後、黙々とカレーを食べ続けた。
ドクオの胃袋も貪欲にその辛味のある食料をむさぼった。
('A`) 「……人の死ぬことに、意味がある……」
(´・ω・`)「……」
出会いがあれば、別れもある。
喜びがあれば、哀しみもある。
生があれば、死もある。
世界のあらゆる事象は表裏一体だ。
だがその事象の一つ一つに理由があり、意味もある。
それは良いことなのか、悪いことなのか。
ドクオにはわからなかったが、ただこれだけは理解できた。
別れが生むのは、悲しみだけではなく、喜び、感動だってあることを。