――ブーン――
20××年 11月9日(火) AM 11:49
( ^ω^)「寒いお……」
秋の強風に吹かれながら、一人の少年が歩いていた。
齢は16、7ほどだろうか。
この季節からすると、厚着とも見えるその服装でも、少年には幾らか肌寒さを感じさせた。
少年の名はブーン。
このニュー速の住民で、母と二人で暮らしていた。
ブーンは母に頼まれ、家から20分ほど歩いたところにあるスーパーに買い物に出かけていた。
ブーンの母は久しぶりの休みで骨を休めている。
母を想い、ゆっくりと休ませてあげたいと思ったブーンは、自らおつかいを買って出た。
ブーンは気弱ながらも、優しい少年だった。
平日の昼前だけあって、外には誰もいなかった。
稀に杖をついた老人や三輪車に乗った子供の姿は目に留まったが、数えるほどであった。
大半の住民はニュー速南部にある都市部に勤めているのだろう。
ブーンの学校は創立記念日ということで休みだった。
もしかするとブーンの友人であるドクオやショボンも、家で休日を謳歌しているのかもしれない。
8
名前:◆girrWWEMk6 投稿日:2006/03/02(木) 20:02:49.34 ID:vK2jo1730
( ^ω^)「ささささ流石に、寒いお……」
ブーンが早くスーパーに行こうと走り出した瞬間、よろけた。
( ^ω^)「おおっと」
自分の足腰にはそれなりの自信があったブーンだったが、
走り出す直前、何故か体のバランスが取れなくなった。
( ^ω^)「なんか寒さのせいで体が震えてきたお……」
震える体を何とか静めようと、両手で体を抱いた。
しかし一向に震えは止まらなかった。
おかしい、とブーンは思いながらも、そのまま歩いた。
名前:◆girrWWEMk6
投稿日:2006/03/02(木) 20:03:47.25 ID:vK2jo1730
ふと道端のゴミ箱を見た。
ゴミ箱の中には幾つかのジュースの缶が入っていたのだが、
それらが微かに揺れ、小さな音を立てていた。
ブーンがはっと気付くと同時に、それは起こった。
ドォォォーン――
11 名前: ◆girrWWEMk6 投稿日:2006/03/02(木) 20:04:46.09
ID:vK2jo1730
何か巨大な物が空から落ちてきたような大きな音、大きな揺れ。
突如ブーンの体は数センチほど宙に跳ねた。
体の姿勢は崩れ、地面に叩きつけられる。
倒れこんだブーンに、脈打つ地面は更なる追い討ちをかけた。
地が呼吸をするように、しかしそのリズムは極端に早く、
揺れるたびにブーンの体を跳ね飛ばす。
ブーンは咄嗟に頭を抱え、体を小さくした。
ゴゴゴゴゴ……
咆哮にも似た地鳴り。
軋む木の音。潰れる家屋。微かな悲鳴。
それらの音が少しだけブーンに聞こえた。
しかしただ地に伏せ、弄ばれるだけのブーンには、何も出来るわけが無かった。
何度も何度も脈打つ地面に跳ねられ、叩きつけられた。
痛みを感じる暇もなかった。
次第に意識は薄れ、目に映るものはただの闇だけになっていった。
12 名前: ◆girrWWEMk6 投稿日:2006/03/02(木) 20:06:02.42
ID:vK2jo1730
どれくらいの時間が経っただろうか。
ブーンが目を覚ましたときには揺れはおさまり、地鳴りは聞こえなくなっていた。
立ち上がろうとするが、体中が軋むような痛みの悲鳴をあげ、
満足に立ち上がることもできなかった。
( ^ω^)「ど、どうなってる……だお……」
痛みを堪え、よろよろと立ち上がった。
今にも倒れてしまいそうな体を、隣の塀に預けた。
( ^ω^)「……! な、なんだお……これ……」
13 名前: ◆girrWWEMk6 投稿日:2006/03/02(木) 20:06:56.68
ID:vK2jo1730
ブーンが辺りを見回す。
電柱は倒れ、家は潰れ、所々火の手が上がっていた。
ついさっきまではただただ平穏な町並が広がっていたはずなのに。
今ではここは、まるで万人の想像する『地獄』の風景だった。
ブーンは一瞬、自分がどこにいるのか分からなかった。
まさか異世界にでも辿り着いてしまったのだろうか。
いや、これは夢の中かもしれない。
そんな非現実的なことばかり頭によぎるが、
ブーンの体に伴う痛み、それに丸きり変わってはいたが、
今までブーンが親しみ歩いてきたこの道は、確かに現実のものだった。
16 名前:
◆girrWWEMk6 投稿日:2006/03/02(木) 20:07:50.95 ID:vK2jo1730
( ^ω^)「……」
しばらく放心状態が続いた。
訳が分からない。
突然地面が揺れたと思ったら、次の瞬間には世界が豹変していた。
地震が起きただけで、町がこんなになるのか……。
( ^ω^)「カーチャン……」
はっとした。
そうだ、カーチャンは?
ブーンの記憶が正しければ、まだ家にいたはずだ。
( ^ω^)「カーチャン!」
18 名前: ◆girrWWEMk6 投稿日:2006/03/02(木) 20:08:26.29
ID:vK2jo1730
たった一人の肉親。
それがこの地獄の中にいる。
恐ろしかった。怖かった。
でも、何としても、助け出してあげなければ。
( ^ω^)「待っててくれお、カーチャン!」
痛む体に鞭を打ち、ブーンはよろよろと、地獄の中を歩き始めた。
22 名前:
◆girrWWEMk6 投稿日:2006/03/02(木) 20:10:34.28 ID:vK2jo1730
――ドクオ――
同日 AM11:58
とある部屋。
本棚は倒れ、本が床に散乱されている。
タンスが中身を全てぶちまけ、足の踏み場すらなくなっている部屋。
机の奥からもそもそと一人の少年が出てきた。
('A`)「す、すげえ地震だったな……」
ドクオは机の下に潜り込む前とは明らかに変わった部屋を見回した。
前の様子の原型すらない。
('A`)「あああああ、俺のお気に入りのフィギュアが……」
彼の秘蔵のわ○ーたんや、エ○カレイヤーのフィギュアが棚から落ち、
見事なバラバラ死体と化していた。
('A`)「高かったのに……」
部屋の様子よりもフィギュアを気にするドクオ。
ふと階下にいた母のことを思い出した。
23 名前:
◆girrWWEMk6 投稿日:2006/03/02(木) 20:11:43.09 ID:vK2jo1730
('A`)「そうだ、カーチャン……」
部屋の引き扉は本棚やタンスなどで引っかかり、開かない。
仕方が無いので、ドクオは窓から飛び降りることにした。
窓を開き、飛び降りようと外を見た。
('A`)「な、なんじゃこりゃぁ……」
ドクオは豹変した世界に、体を震わせた。
あちこちで倒れている家屋。無事なほうが少なかった。
大きな火の手を上げているところもあった。
家の前の道路には人が倒れている。
大丈夫かと声を掛けても、微動だにしない。
ドクオは急いで二階から飛び降りた。
草葉の茂った庭に飛び込んだため、大した痛みはなかった。
すぐさま倒れている人のところへ駆け寄った。
24 名前:
◆girrWWEMk6 投稿日:2006/03/02(木) 20:12:15.35 ID:vK2jo1730
('A`)「おい、大丈夫か!」
初老の男は、頭から血を流していた。
腕は妙な方向に曲がっており、首は力なく項垂れるだけだった。
死んでいることは明らかだった。
('A`)「うわぁっ!」
ドクオは思わず男を投げ離した。
男の死体は嫌な音を立てて地面に転がった。
('A`)「なんで……人が、死……」
すでに命の灯火が消えた男の体を見て、母の安否が気に掛かってきた。
母ももしかして、この男のように……。
25 名前:
◆girrWWEMk6 投稿日:2006/03/02(木) 20:12:50.64 ID:vK2jo1730
ドクオはすぐさま、しかし抜けた腰のせいでのろのろと、
家の玄関に向かった。
扉に手をかける。
開かなかった。
多分、地震で家自体が歪み、玄関の扉を上から押しているのだろう。
思い切り体当たりをしても、一向に開く気配はない。
――裏口は!?
玄関から入ることを諦め、真反対にある裏口へと向かった。
裏口は微かに隙間が開いている。
これなら、思い切り引けば開けられるはずだ……!
隙間に指を突っ込み、全体重をかけて引いた。
ミシミシと木の軋む嫌な音をさせながら、裏口の扉は開いた。
28
名前:◆girrWWEMk6 投稿日:2006/03/02(木) 20:14:22.74 ID:vK2jo1730
('A`)「カーチャン! どこだーっ!」
ドクオは家の中に駆け込み、必死に叫んだ。
時々かけたガラスの破片が足に刺さるが、気にしなかった。
足跡に血の軌跡をつけながら、家中を探した。
トイレには何も無かった。
風呂場はガラス窓がめちゃくちゃに割れているだけで、母の姿はない。
一番可能性の高いリビングを覗いた。
入り口から見えるダイニングキッチンでは冷蔵庫が倒れていたが、
いくら呼びかけても母の返事は返ってこなかった。
そのほか色々なところを探したが、母の姿はどこにもなかった。
('A`)「カーチャン! 返事してくれ!」
おかしい。
地震が起こるまで家にいた母が、突然いなくなっているのは何か変だった。
もしやと思い、もう一度リビングに入る。
ダイニングキッチンで倒れている冷蔵庫のほうへと向かった。
30 名前:
◆girrWWEMk6 投稿日:2006/03/02(木) 20:15:28.06 ID:vK2jo1730
('A`)「カーチャン!」
ドクオの母は、足を冷蔵庫の下敷きにされていた。
まぶたを閉じ、床に伏せっていた。
ドクオは全身の力が抜けるのを感じた。
すとんと力なく床にへたり込んだ。
さっきまで小言ばかりで煩いと感じていた母が、目の前でこうして倒れている。
('A`)「なんで……」
自然と涙が溢れてきた。
なんで母なのだろう。
なんで母が死ななければならないのだろう……。
母を疎んだ自分が生きていて、何故俺が生きているのだろう……。
('A`)「カーチャン、ごめんよ……」
母に縋り付き、ドクオはただただ涙を流した。
J('ー`)し「う……ドクオ……?」
('A`)「か、カーチャン?!」
32 名前:
◆girrWWEMk6 投稿日:2006/03/02(木) 20:15:59.76 ID:vK2jo1730
突如カーチャンが重たげにまぶたを上げた。
苦しそうなその表情は、足を挟まれている痛みによるものらしい。
ほかに外傷はなく、てっきり死んだと思っていた母は、ただ気を失っているだけだった。
J('ー`)し「ドクオ、あたしのことはいいから、早く他の人に助けてもらいなさい……」
母はそう言うが、無論ドクオは断固として拒否した。
('A`)「馬鹿野郎! たかが足が挟まっただけで!」
ドクオは母の足の上にある冷蔵庫を持ち上げようとするが、
中身がたくさん入っている冷蔵庫は微動だにしなかった。
J('ー`)し「ドクオ、いいから……」
('A`)「うるせぇっ! この程度、持ち上げられなくて!」
顔を紅潮させながら踏ん張った。
食いしばられた歯は痛み出し、今にも耳から血が吹き出るのではないかというくらいまで
血が逆流してくる感覚に襲われた。
だが、結局ドクオの非力な腕ではどうすることもできなかった。
34 名前:
◆girrWWEMk6 投稿日:2006/03/02(木) 20:17:14.52 ID:vK2jo1730
('A`)「なんで……こんなもんが持ち上げられねえんだよ……」
J('ー`)し「ドクオ……」
('A`)「諦めろなんて言うなよ! 俺はぜってえ諦めねえんだからな!」
もう一度冷蔵庫に手をかけた。
その時、家の外からドクオの名を呼ぶ声が聞こえてきた。
('A`)「だ、誰だ!」
リビングに走り、そこにある厚いガラス窓から玄関を見た。
35 名前: ◆girrWWEMk6 投稿日:2006/03/02(木) 20:17:48.20
ID:vK2jo1730
(´・ω・`)「ドクオ、大丈夫かい?」
そこにはドクオの友人、ショボンの姿があった。
手に持つ金属バットが秋の陽光に輝いていた。
ガラス窓越しに、ドクオは叫んだ。
('A`)「ショボン、カーチャンが冷蔵庫の下敷きになってんだ!
俺一人じゃどうしようもない! 助けてくれ!」
(´・ω・`)「それは本当かい? すぐ行く」
そう言ってショボンは玄関の扉に手をかけた。
('A`)「玄関は開けられねえんだ! 上から押されてるみたいで……」
(´・ω・`)「なるほど……。ドクオ、ちょっと下がってて」
ショボンはそう答えると、金属バットを構えた。
('A`)「ちょっ! 無茶するn……」
36 名前:
◆girrWWEMk6 投稿日:2006/03/02(木) 20:18:26.47 ID:vK2jo1730
言い終わる前に、ショボンは金属バットを思い切りリビングの分厚い窓ガラスに叩きつけていた。
ガラスは粉々に砕け、リビングに散らばった。
(´・ω・`)「さあ、おばさんはどこにいるんだい?」
('A`)「お前、裏口開いてたんだよ……」
(´・ω・`)「気にしない」
ショボンは本当に気にしていないようだった。
J('ー`)し「あ、ショボンくん……」
(´・ω・`)「やあおばさん、今助けてあげるからね。
ドクオ、いっせーのーせで行くよ」
('A`)「お、おう!」
二人は冷蔵庫の端を持ち、ショボンの合図で同時に持ち上げた。
一人では持ち上がらなかった冷蔵庫も、ショボンの力も加わり、段々と宙に浮く。
持ち上がるにつれ、冷蔵庫の扉が中身の重みに負け、ケチャップや牛乳、野菜などが母の上に降り注ぐ。
37 名前:
◆girrWWEMk6 投稿日:2006/03/02(木) 20:19:06.77 ID:vK2jo1730
('A`)「カーチャン、大丈夫か!」
J('ー`)し「気にしなくていいから」
(´・ω・`)「ドクオ、一気に持ち上げるよ!」
('A`)「おう!」
二人は懇親の力を込め、一気に持ち上げた。
十分な隙間ができ、母は匍匐して這い出た。
J('ー`)し「ありがとうね、二人とも……ありがとう、ありがとうね……」
母は涙を流しながら何度もお礼を言った。
内心母はもう助からないと思っていた。
それでもドクオだけでも助かるならと覚悟を決めていたのだが、
そのドクオがまさか自分をこんなに必死に助けてくれるとは思わなかった。
38 名前:
◆girrWWEMk6 投稿日:2006/03/02(木) 20:19:37.29 ID:vK2jo1730
('A`)「カーチャン、いいから。それより、ごめんよ。
ずっと煩いとか喧しいとか言って……」
J('ー`)し「いいんだよ、ドクオ……」
二人は互いに抱きしめあった。
(´・ω・`)「悪いんですけど、早く外出た方がいいですよ」
('A`)「え?」
ショボンの感動の抱擁を邪魔する一言はこうだった。
(´・ω・`)「隣の火が燃え移ります」
至極冷静にショボンは言った。
39 名前:
◆girrWWEMk6 投稿日:2006/03/02(木) 20:20:16.16 ID:vK2jo1730
('A`)「ちょっ! それ早く言え! カーチャン、立てるか!?」
J('ー`)し「ごめんよ、足が痛んで、ちょっと歩けそうにないよ……」
('A`)「じゃあ俺がおぶるから、さっさと乗って!」
ドクオが背中を差し出す。
母はその背中におずおずと乗った。
J('ー`)し「(ドクオの背中、こんなに大きくなって……)」
そうしている間に、ショボンが玄関で二人の靴を持ってやってきた。
靴を履き、ショボンが割ったガラス窓から外へ飛び出した。
隣の家を見ると、既に火はドクオの家の二階に移り、まさにドクオたちがいたキッチンに
燃え移るところだった。
('A`)「ショボンが割った窓ガラスがいい具合に役に立ったな」
(´・ω・`)「まぁ、計算してたんだけどね」
40 名前:
◆girrWWEMk6 投稿日:2006/03/02(木) 20:20:45.06 ID:vK2jo1730
J('ー`)し「あ、あそこに人が……ドクオ!」
母が倒れている男を指差して大きな声をあげた。
ドクオは目を瞑り、首を横に振るだけだった。
J('ー`)し「そんな……」
母も今度の地震の悲惨さを痛感したようだった。
(´・ω・`)「さ、僕たちの学校に急ごう。
あそこはここら一帯の避難場所に指定されてるから、人がいるはずだ!」
('A`)「ああ、行こう!」
二人が学校に行こうと走り出そうとしたとき、
ドクオの母は思い出したように呟いた。
J('ー`)し「ねえ、あんたたちの友達の、ブーンくんはどうしてるの?」
41 名前:
◆girrWWEMk6 投稿日:2006/03/02(木) 20:21:17.72 ID:vK2jo1730
ドクオの足がぴたりと止まった。
('A`)「そういえば、あいつ、どうしてるんだろ……。
打たれ弱い奴だから、もしかして今頃……」
(´・ω・`)「ブーンの家に行ってみよう!」
('A`)「でも、あいつの家は、ここからだと学校とは全然反対の方向だぞ!」
ドクオはブーンのこともだが、母のことも心配だった。
足を怪我して、歩けずにいる。
ドクオがおぶっているとはいえ、母にもしものことがあったら……。
それならば一刻も早く母を学校へ連れて行き、母の安全を確保することが最優先だと考えた。
J('ー`)し「ドクオ、あんた友達を見捨てようってのかい!?」
背中の母が凄い剣幕で叫んだ。
J('ー`)し「どうせあんたのことだから、もしもあたしに何かあったらとか考えてるんだろうけど、
友達を見捨てるようなことしたら、あたしはあんたを許さないよ!」
('A`)「カーチャン……」
42 名前:
◆girrWWEMk6 投稿日:2006/03/02(木) 20:21:48.30 ID:vK2jo1730
(´・ω・`)「ドクオ、君の負けだよ」
('A`)「うぅ……でもカーチャン、カーチャンも一緒に行くよ!
俺がおぶっていくから!」
J('ー`)し「ドクオ、ありがとう……」
ブーンの家へ向かい道すがら、まだ燃えていない隣家を覗いた。
玄関の庇が崩れ落ち、その下からは血まみれの、一本の腕が突き出ていた。
ギリギリで間に合わなかったようだった。
('A`)「くそっ……!」
自分たちが生き延びた虚しさのようなものを感じた。
だがその虚しさは、決して感じてはいけない感情だということも知っていた。
ドクオたち一行は疲れることを気にせず、ブーンの家へと急ぐのだった。