522 名前: ◆girrWWEMk6 []
投稿日:2006/03/05(日) 17:55:59.86 ID:GmbarTPb0
――ブーン――
同日 PM 4:31
学校で働くボランティアの人間が慌しく動き回っている。
手押しの一輪車(猫車)に大きな塊を載せ、右往左往している人間の中に、
ブーンの姿もあった。
40分ほど前に起きた余震は、ブーンたちのいた学校にも影響をもたらした。
校舎の一部はひびが入り、屋上の隅の壁の一片が毀れ、アスファルトの地に落ちた。
人がその下敷きになることはなかったが、
ボランティアの人間は校舎のその様子を大事と見たか、各々で校舎や体育館などを補強しにかかった。
少しでも男手が欲しかったのか、手が空いていたブーンもその手伝いに呼ばれた。
525 名前: ◆girrWWEMk6 [] 投稿日:2006/03/05(日) 18:05:59.69
ID:GmbarTPb0
補強素材を運んだり、少しでも脆い教室に収容されている怪我人を
別の教室に移動させたり、早い夕食の準備などを手伝わされたり、
とにかく必死に体を動かした。
そうすると不思議なもので、何も考えず汗水たらしている人間というのは
現在悲惨的な状況の中にいるという認識が頭の隅に追いやられてしまうものらしい。
ブーンと同じく手伝いで働いている人々も、みな一様にそのようだった。
一心不乱に体を動かすことで、自分の大切な人、会いたい人の存在を極力忘れようとする。
ブーンもこうして働いている間、滅多にカーチャンやドクオたちのことを考えなかった。
それは確かに酷いことかもしれないが、
だからといって一人悩み、塞ぎこみ、非生産的に膝を抱えて引きこもるよりも、
このように他の人のために一生懸命働けることのほうが生産的だと思えたし、
何より自分のためにもなる。
だがやはり頭の隅に追いやられていると言っても、完全に忘れたわけではない。
時々カーチャンやドクオ、ショボンとの想い出がふと脳裏を過ぎるのだ。
( ^ω^)「(…………みんなどうしてるのかお……)」
そんなことを考えながら長机の運搬を行っていると、
誤って手を滑らせ、手から抜け落ちた長机はブーンのつまさきを押しつぶした。
( ;ω;)「お……おっおっおっ!」
川 ゚ -゚)「大丈夫か?」
一緒に長机を運び出している、グラウンドで出会った女性、クーは表情一つ変えずに言った。
527 名前: ◆girrWWEMk6 [] 投稿日:2006/03/05(日) 18:20:07.96
ID:GmbarTPb0
( ^ω^)「だ、大丈夫だお……痛いけど」
川 ゚ -゚)「……」
強がるブーンの顔を、クーは少し訝る様な目つきで眺めた。
( ^ω^)「な、なんだお? 平気だお、これくらい。
さあさあ、どんどん運ぶお。これは調理用机だから、
早くしないとご飯食べられないお」
川 ゚ -゚)「無理をしているな」
( ^ω^)「! そ、そんなことないお、さっさと行くお」
川 ゚ -゚)「……」
ブーンは落とした長机を拾い、さっさと歩き始めた。
535 名前: ◆girrWWEMk6 [] 投稿日:2006/03/05(日) 18:57:48.61
ID:GmbarTPb0
机を全て運び終わり、ボランティアや一緒に手伝いをしていた人たちから労いの言葉をもらった後、
ブーンはとりあえず休憩することになった。
学校内の人間に配給される食事を作る人たちの中に、ツンの姿もあった。
ツンは慣れない手つきでジャガイモの芽を取っていた。
どうやら夕食はカレーのようだ。
( ^ω^)「……」
一仕事終わり、疲れも取れ始めたブーンは、またカーチャンや友人たちのことを考え始めた。
どこにいるのだろうか。
無事に生きていてくれているのだろうか。
もしかして、別の避難場所にいるのだろうか。
会いたい。
どうしようもなく会いたい。
濃い寂しさだけがブーンの心にこみ上げてくる。
今すぐにでも外に出て、捜しに行きたかった。
539 名前: ◆girrWWEMk6 [] 投稿日:2006/03/05(日) 19:21:58.23
ID:GmbarTPb0
川 ゚ -゚)「やあ」
背後から女性の声が聞こえ、振り向けばそこにクーがいた。
( ^ω^)「クーさんかお……」
川 ゚ -゚)「クーでいい。歳も大して変わらん」
クーはそう言いながら、ブーンの隣りに腰掛けた。
川 ゚ -゚)「どうした? 座らんのか?」
ぼさっと突っ立っているブーンに、座るよう促した。
おずおずとコンクリートを椅子にしてブーンも腰掛けた。
( ^ω^)「……歳も大して変わらないって、クーはいくつだお?」
話す言葉が咄嗟に頭の中に浮かんでこず、ブーンはとりあえず先ほどのクーの言葉の意味を問うてみた。
540 名前: ◆girrWWEMk6 [] 投稿日:2006/03/05(日) 19:25:30.43
ID:GmbarTPb0
川 ゚ -゚)「君は、17だったな。私は18だ。
12月の初めに、19になる」
( ^ω^)「えええっ!? 僕てっきりもう20半ばかと思ったお……」
川 ゚ -゚)「よく言われる。が、18だ。どうだ、若いだろう?」
( ^ω^)「う、うんだお……」
クーは口元を少し歪ませた。
どうやら笑みを作っているようだが、ブーンにはそう見えなかった。
川 ゚ -゚)「……お前の大切な人たちは、どうしてるんだろうな」
一呼吸置いた後、クーは突然そんな言葉を漏らした。
542 名前: ◆girrWWEMk6
[]
投稿日:2006/03/05(日) 19:34:00.98 ID:GmbarTPb0
( ^ω^)「……そ、そりゃ、きっと無事に決まってるお!
今でも多分その辺で暢気に笑ってるお!」
川 ゚ -゚)「そう思っているのなら、何故声が震えてるんだろうな」
( ^ω^)「!」
クーの的を得た指摘は、ブーンの心を抉る様だった。
ブーン自身、本当にそう思っているわけではなかった。
もしかしたら、もう死んでいるかもしれないという恐怖があった。
だがそれを認めることが恐ろしかった。
口に出して肯定することが怖かった。
ブーンの沈んだ表情を見て、クーは続けた。
川 ゚ -゚)「……私の親はな、死んでいた」
( ^ω^)「……え……」
544 名前: ◆girrWWEMk6 [] 投稿日:2006/03/05(日) 19:43:31.36
ID:GmbarTPb0
クーの突然の言葉。
川 ゚ -゚)「私は家にいた。地震が起き、頭を打ち、気絶していた。
気付けば私はここの人たちに外に連れ出されていた。
家は燃え、私の隣では母が静かに息絶えていた」
( ^ω^)「……お……」
川 ゚ -゚)「突然のことだったのに、あまり私に動揺はなかった。
だが私も人間だ。悲しみはもちろんあった。
今まで一緒にいた母は死んだのだ。
もう話すことは出来ない。共に笑いあうこともない。
母の作った手料理を、私はもう食べることが出来ない」
淡々と、クーは言葉を並べた。
当然のように、しかし淡白に話すそのクーの横顔は、
夕日に照らされ、赤みを帯びていた。
546 名前: ◆girrWWEMk6 [] 投稿日:2006/03/05(日) 19:48:10.58
ID:GmbarTPb0
川 ゚ -゚)「あのビニールシートの下に、私の母はいる。
だからお前があの中を覗き、嘔吐したことに、私は憤った」
( ^ω^)「……ご、ごめん、だお……」
川 ゚ -゚)「私の母は、他人にとって気分を害するものでしかないとはな」
( ^ω^)「ご、ごめんなさい……」
クーの追及に、ブーンはどんどんと小さくなり、俯き、
申し訳ないという気持ちでいっぱいになった。
ブーンのその姿を一瞥したクーは、ふっと短く笑った。
川 ゚ -゚)「すまんすまん、大丈夫だ、今は気にしていない。
ただ少しばかり、からかってみたくなってな。
ほんの悪戯心だ。気にするな」
550 名前: ◆girrWWEMk6 [] 投稿日:2006/03/05(日) 19:58:46.31
ID:GmbarTPb0
クーはそういうものの、やはりブーンには申し訳ないという気持ちがあった。
自らの行為を恥じ、俯いたままのブーンを見て、クーは言った。
川 ゚ -゚)「……あの時は確かに憤ったが、
お前の他の人を心配する心は、本物だった。
今にして思えば、誰でもあんな光景を見たら恐怖に慄くだろうな。
だから、もう気にしてない。顔を上げろ」
( ^ω^)「……ごめんなさい……ごめんなさい……だお……」
ただ頬を涙で濡らし、項垂れるブーン。
川 ゚ -゚)「い、いや、ブーン、気にするな。
泣くことはない。さっさと顔を上げて涙を拭け。な?」
クーは内心焦った。
ここまでブーンが純粋で、優しく、
自分を強く責めることのできる心を持つ人間であるとは、思いもよらなかった。
優しいが、ただ気弱で、いざとなればすぐに逃げ出してしまうような人間に思えていたからだ。
551 名前: ◆girrWWEMk6 [] 投稿日:2006/03/05(日) 20:04:34.58
ID:GmbarTPb0
( ^ω^)「……僕も、カーチャンが死んで、でもそれが誰かに気味悪がられたら、
悲しいお……つらいお……ごめんだお、クー……」
泣きながら、心からの謝罪。
クーは自分のした『悪戯』の重さをようやく思い知った。
自分の行為は、ブーンがした行為と、なんら変わることのない酷い行いだったこと。
かける言葉を失った。
自分が蒔いた種とはいえ、しかしここで何か謝罪の言葉をかけることは、
自らの母を見て気分を害することを、許容したことになり得るように感じた。
ブーンの嗚咽は、それから1時間ほど経った後、ようやく収まった。
564 名前: ◆girrWWEMk6 [] 投稿日:2006/03/05(日) 20:53:07.19
ID:GmbarTPb0
嗚咽は止んだものの、未だにしゃっくりを続けるブーンに、クーはこう言った。
川 ゚ -゚)「……確かに、母の死は悲しみを生んだ。
だがな、いつまでも悲しんでいるだけではダメだと、
私はここの人々に教わった。
母の死を許容し、その死を無駄にしないためにも、強く生きること。
それこそが、あのシートの下で眠る母の望みではないかと思う」
( ^ω^)「強く……生きる……」
川 ゚ -゚)「ああ。決して生を諦めるな。
どんなに悲劇的な状況でも、藁があるなら縋ってみせろ。
必ず生きるんだ。
生きて、生き残って、笑いながら老衰で死んでやるんだ」
( ^ω^)「……」
568 名前: ◆girrWWEMk6 [] 投稿日:2006/03/05(日) 20:58:34.74
ID:GmbarTPb0
クーは俯くブーンの顔を覗きこむように言った。
川 ゚ -゚)「……お前の大切な人はもう死んでいるかもしれない。
お前の心の隅に、そう思う気持ちがあるはずだ」
( ^ω^)「……」
川 ゚ -゚)「でも、絶対に諦めるな。
いいな。もしさっきお前がむせび泣いた、
その申し訳ないという気持ちがまだあるなら、
絶対諦めるんじゃない」
クーは立ち上がり、グラウンドのほうへと足を向けた。
川 ゚ -゚)「……私も明日、お前の家まで着いて行ってやるから」
( ^ω^)「……!」
そういい残し、クーはゆっくりと歩いて行った。
その小さくなっていく背中を、ブーンはずっと眺めていた。
598 名前: ◆girrWWEMk6 []
投稿日:2006/03/05(日) 22:21:00.21 ID:GmbarTPb0
――ギコ――
同日 PM 4:42
(,,゚Д゚)「…………い……ってえ……」
男が頭を抱えながら、力なく立ち上がった。
虚ろな男の視線は、未だに意識がはっきりしておらず、
早い夕日の光が差し込むこの建物の中がどこだか分かっていないことを指し示すものだった。
(,,゚Д゚)「……どこだ……ここは……」
男は曖昧な記憶の欠片を手繰り寄せ、
必死にこの部屋がどこだか思い出そうとする。
確か――
600 名前: ◆girrWWEMk6 [] 投稿日:2006/03/05(日) 22:36:23.92
ID:GmbarTPb0
ちょっと執筆途中の合間を縫って、登場人物のまとめでもするお( ^ω^)
ブーン組 ― 現在地:学校
( ^ω^) ブーン……17歳の気弱だが心優しい少年。
ξ゚听)ξ ツン……姉を探す少女。16歳。ツンデレ。
(´<_` ) 弟者……流石ファミリーの次兄。19歳。身体的能力は兄者よりは上。腕骨折。
l从・∀・ノ!リ人 妹者……流石ファミリーの長女。幼女。「〜なのじゃー」が口癖。
川 ゚ -゚) クー……クールな女性。19歳。母と死別し、学校でボランティアをしている。
ドクオ組 ― 現在地:フサギコ医院(に向かう途中)
('A`) ドクオ……ブーンの友達。17歳。大した能力はないが、何事も諦めずぶつかっていく。
J('ー`)し カーチャン……ドクオのカーチャン。ドクオ大好き。優しい人。
ジョルジュ組 ― 現在地:都市部中央付近
( ゚∀゚) ジョルジュ……おっぱいでかい恋人がいる会社員。25歳。暑苦しい人。
( ´_ゝ`) 兄者……流石ファミリー長男。20歳。弟よりは冷静。だが間抜け。
現在地不明組
(´・ω・`) ショボン……ブーンの友達。冷静で頭は切れるのだが、諦めやすい一面も。
こんなもんですかな?
603 名前: ◆girrWWEMk6 [] 投稿日:2006/03/05(日) 22:53:07.68
ID:GmbarTPb0
(,,゚Д゚)「あ? くそっ、いいもん残ってねえじゃねえかゴルァ」
誰もいない薄暗い宝石店の中。
ショーケースのガラスを割り、その中にある指輪やネックレスを一つ一つ品定めしていた。
もちろん男はこの店の従業員ではなく、俗に言う火事場泥棒というやつだった。
既に他の火事場泥棒から盗まれていたため、希少価値が高いものなどはほとんど無くなっていた。
(,,゚Д゚)「なかなかいい目利きしてやがったな、くそっ」
一人で悪態づきながら残った宝石一つ一つ目を凝らして選び出す。
本当なら全て持ち去りたいところだが、それだとかさ張り、動きづらくなる。
そうして結局死んでしまっては元も子もないので、
男は小さな袋に高価なものから順に突っ込んでいった。
その時、突然起きた地震に、思わず足を滑らせ、後頭部から倒れこみ――
607 名前: ◆girrWWEMk6 [] 投稿日:2006/03/05(日) 23:08:52.10
ID:GmbarTPb0
(,,゚Д゚)「……そうか」
つまりここは、男が倒れた宝石店。
立ち上がり、ぐるりと見回した。
間違いなかった。
倒れる前よりも瓦礫の数が増え、壁にはひびが入っていた。
余震による影響で、この宝石店も崩落の危険が迫ってきているようだ。
(,,゚Д゚)「潮時か」
このまま無闇に探り続け、宝石と一緒に心中なんて男はごめんだった。
宝石は売るものであり、金に換えるものであり、金は生きてこそ使えるものだ。
あの世にまで金を持ってく趣味は男にはなかった。
613 名前: ◆girrWWEMk6 [] 投稿日:2006/03/05(日) 23:19:44.16
ID:GmbarTPb0
さっさと逃げようとして宝石を突っ込んだ袋を探したが、どこにもなかった。
倒れるときに床に落としたのかと思い、床を探すが何もない。
(,,゚Д゚)「もしかして……」
付近の瓦礫を退かして見た。
宝石は砕け、粉末状になったものがはみ出す袋がそこにあった。
(,,゚Д゚)「……マジかよゴルァ……」
せっかく集めた宝石が、ただの無価値な石ころになった。
男はショックでしばし呆然としていたが、
背筋に悪寒が走るとすぐさま袋を放置し、宝石店の外に出た。
616 名前: ◆girrWWEMk6 [] 投稿日:2006/03/05(日) 23:32:14.22
ID:GmbarTPb0
都市部の端、海の近くにある宝石店から飛び出し、離れた。
数十メートル走る頃には、宝石店のビルは砂煙を巻き上げながら沈んでいった。
(,,゚Д゚)「あぶねえあぶねえ」
沈み行くビルを見ながら、しかし案外落ち着いた様子で男は呟いた。
昔から男は優れた危険察知能力を持っていた。
何か自分の身に危険が及ぶかもしれないというとき、
得体の知れない悪寒のようなものを感じるのだ。
過去に空き巣に入ったときも、その感覚のおかげで何度も窮地を救われた。
618 名前: ◆girrWWEMk6 [] 投稿日:2006/03/05(日) 23:42:30.82
ID:GmbarTPb0
男は海辺沿いの道路を歩く。
道路は所々浸水しており、島自体が沈み始めている傾向が見られた。
川は一気に海の水が流れ込み始め、高く積み上げられたブロックに
激しい濁流がぶつかっていた。
ブロックにはひびが入り、今にも砕けんとばかりの様相だった。
しばらく歩くと、なにやら声が聞こえてきた。
「……れ……た…………て……」
遠く、か細い声が秋の寒風に乗り、男の耳に届いた。
だが如何せん声が小さく、何を言っているのか良く聞こえない。
(,,゚Д゚)「あ? 誰かいるのかゴルァ」
男はそうどこかにいる人間に尋ねるが、返事はなかった。
627 名前: ◆girrWWEMk6 [] 投稿日:2006/03/05(日) 23:58:18.13
ID:GmbarTPb0
答えのない声にいちいち関わるのも馬鹿馬鹿しいと思った男は、
さっさと逃げ出そうとまた歩き出した。
「だ……か……た……けて……」
また聞こえてきた。
しかも今度は声が大きくなっているようだ。
声の発生源に近づいてきているのだろうか。
「だれか……助けて!」
声は、川の中から聞こえてきた。
濁流が凄まじい音を轟かせながら走る中で、一つの四角い箱のようなものが
倒れ飛び出した木の枝に引っかかっていた。
754 名前: ◆girrWWEMk6 [] 投稿日:2006/03/06(月) 23:49:01.81
ID:oDu2sLbv0
(,,゚Д゚)「……なんだありゃ」
川を覗き込むように身を乗り出した。
箱は、走る川の流れにぶつかり、大きく揺らぐ。
箱の上部はかすかに開いており、中には小柄な女性の姿があった。
(*゚ー゚)「誰か助けて……!」
箱が引っかかっている木は、水の流れと箱に押され、どんどん川に流されようとしている。
なぜ箱の中に女がいるのか、男には分からなかった。
だが、このままでは危ないということは分かる。
一刻も早く助けなければ、女は箱ごと濁流に飲み込まれ、そうなれば恐らくひとたまりもあるまい。
757 名前: ◆girrWWEMk6 []
投稿日:2006/03/06(月) 23:59:29.77 ID:oDu2sLbv0
とりあえず辺りを見回す。
ロープのようなものがあれば一番良いのだが、生憎そんな都合の良い物は見つからず、
むしろ付近に役に立ちそうなものは見当たらなかった。
この状況でできる唯一の救助方法は、倒れた木の上を歩き、女だけを引き上げることだった。
だがその救助方法は、男にとっても命を賭けるものとなる。
倒れた木の上を歩き女を引き上げたとしても、二人分の重みに木が堪えられるだろうか?
先端に重量が集中し、シーソーのようにそのまま川に落ちてしまう可能性が高い。
男は悩んだ。
元々淡白な性格をした男は、わざわざ見知らぬ人間を命を賭してまで救うなど、
馬鹿げた事でしかないと思っている。
自分の命を守ることで精一杯なこの状況だと、なおさらだ。
758 名前: ◆girrWWEMk6 [] 投稿日:2006/03/07(火) 00:06:55.00
ID:lJ1ZHuOm0
だがこんな状況となれば、自分の考えも当然のことだと思う。
どんなに英雄気取りな行動を取ったとしても、その先に待つ名誉の保証など何もない。
(,,゚Д゚)「……」
男はまだ10歳のとき、、海で溺れた事がある。
泳ぎが得意だった男は威勢良く沖まで泳いだが、途中足を攣り、溺れてしまった。
それを見た一人の若い青年が、幼少の男を助けようとした。
あまり泳ぎが得意でなかったのだろうその青年は、
男を助け、しかし自分は運悪く溺死してしまった。
結果、青年は男を助け、英雄のようにニュースで祭り上げられたが、
幾日もすれば、誰もそんなことを覚えている者はいなくなった。
761 名前: ◆girrWWEMk6 [] 投稿日:2006/03/07(火) 00:14:01.54
ID:lJ1ZHuOm0
男は気付いた。
わざわざ見知らぬ者の命を助けたところで、結局自分が死んでしまえば、
何の意味もないことに。
見知らぬ人間なんだから、放っておけ。
いちいちこんなのに構っていれば、自分の命が危ない。
耳を塞ぎ、拳を握れ。
心を閉ざしてしまえば、男はもう迷うことなく歩き出せる。
一人きりでも生き延びるために。
764 名前: ◆girrWWEMk6 [] 投稿日:2006/03/07(火) 00:20:30.49
ID:lJ1ZHuOm0
(,,゚Д゚)「……くそっ」
だが男は逃げなかった。
今にも命の灯火が尽きようとしている女の姿は、昔の自分とだぶった。
女を救うことで、過去の自分に、そして自分を助けるために死んだ青年に
何らかの救いが見出せる気がした。
男は川を渡り、木のそばに駆け寄った。
(,,゚Д゚)「おい、女! 絶対動くんじゃねえぞゴルァ!」
女に制止するよう釘を刺すように叫んだ。
その時女は初めて男の存在に気付き、喜びと悲しみを織り交ぜた不思議な表情をした。
(*゚ー゚)「は、はい……」
769 名前: ◆girrWWEMk6 [] 投稿日:2006/03/07(火) 00:29:27.37
ID:lJ1ZHuOm0
木に足を掛け、全体重を載せた。
そこはまだアスファルトの地があるため、危なげもなく立っていられた。
一歩ずつ歩を進めるたび、木は軋むような音を立て始め、
背筋はあの寒々しい違和感が存在を( ^ω^)ブーンが絶体絶命都市から生きて脱出するようです。主張しだす。
木の下のアスファルトの地面がなくなると、
一気に木は川のほうへと沈み始めた。
背筋の寒気が最高潮に達そうとしている。
(,,゚Д゚)「(……これは、一気に決めるしかない……)」
もたもたすればするほど、木は沈み、女はもちろん、自分の命すら守れなくなる。
事態は一刻を争う。
ならば、ここは一瞬で決めるしかない――!
(,,゚Д゚)「女ぁ! 手を伸ばせ! 木のほうへ目一杯伸ばせぇっ!」
777 名前: ◆girrWWEMk6 []
投稿日:2006/03/07(火) 00:43:57.65 ID:lJ1ZHuOm0
男は轟音鳴り響く中、その音に負けない怒号にも似た叫びを放った。
その声に、女は必死に木のほうへ手を伸ばそうとする。
だが女の動きに、箱は大きく揺れ、木の堰から離れようとした。
男はその瞬間を逃さず、一気に距離を詰めた。
木は傾き始め、じわじわと斜面は角度を増していく。
男が最先端へと着き、女の伸ばした手をすぐさま掴もうとする。
だが女の乗る箱は川に流され、位置を変える。
ここで掴みきれねば、男も女も、ただ死ぬだけだった。
絶対生きてやる。
その執念にも似た信念は、男の意気を奮い立たせた。
779 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2006/03/07(火)
00:54:07.72 ID:lJ1ZHuOm0
差し出す男の指先と流れる女の指先は、
見事に触れ合い、
一瞬の隙に男は女の手首を掴んだ。
男は女の手を思い切り引っ張り、刹那振り向き沈む木の急斜面を登り始めた。
女は案外軽く、引き上げられ、宙を舞うように男の手に引かれた。
木は沈むこと必至で、だんだんと角度を増していく。
783 名前: ◆girrWWEMk6 [] 投稿日:2006/03/07(火) 00:59:59.35
ID:lJ1ZHuOm0
一か八か、男は一番太い木の枝に足をかけ、宙を飛んだ。
その一瞬の加重に木は大きく傾き、大きく水を盛り上げながらそうそうと流れる川に着水した。
水飛沫は男と女に襲い掛かり、二人は体を濡らしながらも宙にあった。
伸ばした男の左腕が、木のあったアスファルトの地を掴んだ。
掴み、突然かかる重力と女の体重に、一気に川へ引きずり込まれそうになる。
歯を食いしばり、利き腕ではない左腕に己の全てを託した。
額に脂汗が浮び、腕にかかる重量に男は己の体力があまり持ちそうにないことを悟る。
女を掴む腕を思い切り引き上げ、地面に手を掛けるよう促す。
女は右腕をアスファルトの地に掛け、男が掴む腕を離した一瞬の隙に左腕も地を掴んだ。
懸垂の要領で女は自力でよじ登り、自分よりも重い男を必死で引き上げた。
785 名前: ◆girrWWEMk6 [] 投稿日:2006/03/07(火) 01:09:22.01
ID:lJ1ZHuOm0
(,,゚Д゚)「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
地に体を預け、肩で息をする男。
今更になって自らの耳にまで聞こえる心臓の鼓動の早さに気付く。
男は命がけの救出劇を、見事成し遂げたのだった。
(*゚ー゚)「……あ、ありがとう……ございました……」
女も恐怖で腰を抜かし地に這い蹲りながら、
命を賭してまで見ず知らずの自分を助けてくれた男に深く頭を下げた。
頭を下げながら、自分が死ぬかもしれないという状況にあった恐怖心と
結局助かることが出来た安堵感から、声も無く泣き始めた。
(,,゚Д゚)「……バカヤロ……助かったのに、泣いてんじゃねえよゴルァ……」
いつもなら威勢の良い男のゴルァも、今度ばかりはただの語尾にしか聞こえなかった。
827 名前: ◆girrWWEMk6 [] 投稿日:2006/03/07(火) 10:48:55.88
ID:lJ1ZHuOm0
しばらくして、二人はようやく息を整え、立ち上がることができるようになった。
立ち上がり一息ついた早々、男は切り出した。
(,,゚Д゚)「……じゃあな。俺は逃げる。せっかく助かった命だ。
無駄にするなよ」
そう言って男はさっさと一人で歩いて行こうとする。
ざっざと聞こえる砂利の音は二人分。
振り向くと、女は男の後ろをぴったりとついてきていた。
(,,゚Д゚)「……ついてくるんじゃねえよゴルァ!」
男が語尾を荒げる。
その怒声に女はびくりと体を反らした。
(*゚ー゚)「……」
828 名前: ◆girrWWEMk6 [] 投稿日:2006/03/07(火) 11:01:18.54
ID:lJ1ZHuOm0
ようやく止まった涙が、また女の顔から零れた。
頬に残った雫の痕をなぞるように、とめどなく流れ始める。
(,,゚Д゚)「な、泣き落とそうったって、そうは問屋が卸さねえぞゴルァ!」
(*゚ー゚)「……」
女は無言で男の服の裾を掴んだ。
(,,゚Д゚)「は、離せよゴルァ!」
男が体を揺らし、女を払いのけようとするが、女は断固として離さなかった。
(*゚ー゚)「……助けて……」
831 名前: ◆girrWWEMk6 [] 投稿日:2006/03/07(火) 11:09:17.35
ID:lJ1ZHuOm0
ぽつりと漏らしたその一言。
(,,゚Д゚)「……」
それは男が、過去に海で溺れた時、ひたすらに願っていたことだった。
二人とも沈黙し、ただ時間だけが過ぎた。
どのくらい経った頃か、男がまた歩き出そうとする。
俯いている女は袖を掴んだまま、離れようとしなかった。
女を引き摺る様に歩いていた男が独り言を呟くように言った。
(,,゚Д゚)「……服が伸びるだろうが。横歩け、横」
舌打ちをし、頭を掻きながらまた一人歩き出す男。
女は手を離し、小走りで男の横に駆けて行った。